タフかウブか(1)ロスチャイルドの1000分の1秒の速馬車

「みなさんお待たせしました。では投資の先生にお話をうかがいます」

■ワーテルローのもう一人の勝利者

こんにちは。いまご紹介にあずかりました講師です。

いきなりですが200年前の、ナポレオン軍対イギリス・オランダ軍の「ワーテルローの戦い」から始めましょう。ロンドンの市場はこれに大注目していました。ナポレオンが勝てば英国債は暴落し、負ければ高騰するからです。

当時ネイサン・ロスチャイルドという人がいて、これはすでに有名な投資家です。ヨーロッパ中に情報網を持っていて、300kmも離れた戦場の情報を手にしやすい人としても知られていました。

戦いの当日、彼は憔悴した姿で市場に現れ、国債に売りをかけます。これを見て、ナポレオン勝利の情報をネイサンが得たのだと確信した人々は、こぞって売りに走る。

そうして相場が下がりきったところでネイサンは猛然と買いに出て、多量の国債を底値で手にする。その後で「ナポレオンが負けた」という情報がおおやけになり、国債が高騰して彼は大儲け。

■富豪が手にしていた巨大な情報インフラ

当時の長距離情報網は、輸送網と合致します。大商人のネイサンは実際、だれよりも早く、政府よりも早く、勝敗の結果をつかんでいました。

速馬車を短距離疾走させ、つぎつぎバトンタッチする。場所によっては沿道に多数の人を配置し、のろし(狼煙)で情報をつなぐ。どれも用意周到な物量作戦です。これによって政府が馬で運んだよりも1日ほど早く、情報を手にできたわけです。

こうやって得た勝敗の情報ですが、それをもって直接買いに出るのではなく、いったん売って相場を下げ、ほとんどの利益をさらってしまうという作戦を立てたのです。

世界的大富豪のロスチャイルド家がその基盤を固めることになる、「ネイサンの逆売り」として知られる事件です。 ― 細部まで史実かどうかは諸説ありますが。

ポイントをひとつ。ネイサン・ロスチャイルドが戦いの結果を得てからまだしばらくの間は、ほかのだれもその情報を手にできない。この読みがあって初めて、成立する作戦であるということです。覚えておいてください。

■ロボットがうごめいている

時代は下って現代。リーマンショックをはさみながらも盛んになってきたのが、高頻度株取引《HFT》です。

いま大口機関投資家の株取引は、大部分がロボットによって行なわれています。ロボットというと、空き缶に手足をつけて目玉がぴかぴか光っているような。あれが大勢集まって、身振り手振りといっしょに叫びながら株を取引している。そんな光景ではないわけです。

ロボットはコンピュータそのもの、あるいはその中を自律的に動き回るソフトウェアのことです。これが相場情報を参照し、すばやく反応しながら1000分の1秒単位で売り買いをくりかえす。それがHFTです。コンピュータの性能、ソフトウェアの機能が、投資効果という名前の勝敗に直結していきます。

もうひとつ大切なのが通信回線です。回線の品質によって通信速度が違います。また取引所と自社の間の距離によっても情報遅延が違う。

■1000分の1秒のための物量大作戦

2009年。スプレッド・ネットワークスという会社がニューヨークとシカゴの間に光ケーブルを敷設しました。シカゴは金融取引の中心地です。

同じサービスはたくさんあったのですが、同社が目指したのは既存のものより1000分の1秒から1000分の3秒ほど早く情報が伝達できること。この差別化で10数倍の料金を徴収できる。それぐらい、HFTにとって1000分の1秒という時間差が死命を制するものであるわけです。

スプレッド社がケーブルを敷設したときは、既存の鉄道沿線のものにくらべて通信の時間差をかせぐため、できるだけ直線状のルートにした。そのため巨額の土地使用料という投資をしていますし、山脈を越えるときはトンネルを掘り抜いています。

またライバルに気づかれないように敷設を進めました。トンネル貫通のための爆破工事も秘中の秘のスパイ大作戦。敷設費の総額は2億ドルほどといいます。

■速度という基盤の上に

言っておきますが、これらは基本的に事実です。ロスチャイルドのくだりは有名だし、スプレッド社の話もネットで確認できます。

なにしろ当サイトは、突然宇宙人らしきものが現れたり、空から巨大な玉が降りてきたり、ウソばっかり書いていますから、こうやって断っておかないといけません。珍しいんですよ、ヨタ話でも意見でもない話は。

すこし意見を加えておきます。《ネイサンの逆売り》は1日のタイムラグを争った。《HFT》は1000分の1秒。時間のスケールはすこし違いますが、本質はまったく変わっていません。他者よりすこしでも早く情報を手にする。あるいは限られた時間に売り買いをくりかえす回数をかせぐ。

それには膨大なインフラ投資が伴います。そして速度という基盤の上に、知略を投じて最終的には勝ちに持っていく。

それでは、こんどはどのようなソフト戦略が勝負を決めるのか。これはかなりタフな話です。次回に取り上げましょう。ご清聴ありがとうございました。

(あもうりんぺい)

空から玉が

っはいっ! っこちら現場ですっ!

正体不明の巨大な玉の現場です! 鏡のような金色の肌で、ちょうどクリスマスツリーにぶらさげる、まん丸いオーナメント。あれがごらんのように、東京ドームほどの大きさで目の前にあります。

気象観測レーダーによると、突然上空に出現して、静かに降りてきたとのことです。現場は住宅地のはずれで、山林と野原の真ん中だったので、とくに被害は見当たりません。正体はなんなのか、危険はあるのか、まったくわかっていません。

早朝のため人通りが少なかったのも幸いです。警察が周囲を囲って立ち入りを規制しました。科学捜査班は手のつけどころがないようで、遠巻きに眺めています。自衛隊の到着は遅れている模様です。

「スタジオですスタジオです。自衛隊は当直の士長が寝坊をして勤務に入っていなかったため、まだ出動準備中のようです。官邸では対策本部の設置を急いでいますが、首相が海外でゴルフ中のためこれも遅れています。
…いま外電から首相のコメントが入りました。『なに、玉ァ? こっちはゴルフのタマを追いかけるんで精一杯なんだよ』
現場どうぞ」

…はい、世の中は混乱しているようですね。こちらはときどき警察のハンドメガホンの声がするだけで、静かです。

逃げ遅れた人が何人か、まだ周囲にいるようなのでインタビューしてみます。まずそちらのビジネスマン風の方から。玉が降りてくるところは目撃されましたか?

「いや、えらいことです。当社のお客さまに被害がないか心配で見にきました。このへんに何軒もあるんでね。とりあえず大丈夫だったようですが、目に見えない放射線とか、なにがあるかわかりませんから」

ありがとうございます。ではこちらの方、この物体はなんだと思われますか。

「いや、えらいことです。これはチャンスですよ。どえらいチャンス」

はい、どんなチャンスなんでしょう。

「どんなって、それはこれから…。とにかくチャンスなんだチャンス。…あ、こんなこと言ってるとライバル社に抜かれちゃう。社に戻ってなんとかしないと。オレんところカットしといて、な!」

カットって、ナマ中継なんですけど…ああ、行ってしまわれました。

もうお一方、聞いてみます。なにか呆然とされているようですが、大丈夫ですか。

「いや、えらいことです。これ、ウチの会社の責任じゃないですよね。いや、絶対違う。なんにもしていないし、関係ないんだから。責任ないです。自分の、…いやぜったい自分の責任じゃない。もしかしたらウチの会社の責任かもしれないけど、自分は責任ないです。なんなら弁護士、立てますから」

そうですか。お大事になさってください。

ああっ! あんなところに、小学生ぐらいの女の子が体育座りしています! 恐怖で固まってしまったんでしょうか。とにかく急いで、急いで行ってみます。

…ハッ、息が…ハッハッ…
きみ、ここは危険だ! 早く避難しないと。

ん、絵を、彼女はこの情景をハッ絵に描いているようですハッ。
なぜ絵を?

「だって、きれいじゃん」

きれい? ちょっとみせてくれる? さっきスマホで撮っている子はいましたが、絵は初めてです。ノートにモノクロームで描かれています。

「シャーペンしか持ってなかったし」

おお、くっきりした真球に空と雲が映りこんで。下のほうは木立ちが黒々と。金色の肌と空の青の色が、色までが、モノクロームの画面から浮き出てくるようです。すばらしい。端っこにお花とネコとうさぎちゃんが描き添えてありますが、ここだけは現実と違います。

私、振り向いてみます。この景色自体、美しいことに初めて気づきました。朝の透明な空気の中、正体不明の玉が神々しい姿で屹立しています。これはいったい。

あ、いや、そんなことを言っている場合ではありません。きみ、どうもありがとう。それをしまって早く学校か家か、とにかく遠いところへ行きなさい。早く!

っ以上っ、現場でしたっ!

(あもうりんぺい)

人財活用07-個人と組織のスキルマッチング

ハイタッチは爽快だ。ノリとタイミング。相手とぴったり合った呼吸。働いている人がみんな《仕事》にハイタッチできると、それだけで組織は明るい。だが空振りのハイタッチは寂しい。そうなっていないか。

以下の状態にある組織も目につく。
・組織の要求する能力と、個人の持つ能力がマッチしていない。
・マッチしているかどうかもわかっていない。
・その前提として、スキルの可視化ができていない。

もしこの状態を認識できれば、それは大きなチャンスになる。まずはマッチングの状況を可視化してみよう。ここではOPスキルマトリクス(Organization-Personnel Skill Matrix)と名づけたツールを使う。

■1人の個人と組織のマッチング

表は「新規事業会社Xの立ち上げと運営」というプロジェクトを例にしている。プロジェクトごとにスキルの明細は大幅に違う。例はすこし簡略化している。実際はさらに詳細化し、かつプロジェクトの使命に特化した具体的なスキル項目を設定することが望ましい。

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OPスキルマトリクス(1)

表(1)は組織の1個人(”b”という個人IDを持つ)と、組織要求スキルとの対応を示す。上側が組織の使命に即した要求スキル。下側が個人の保有スキルと将来取得を希望するスキルである。

保有スキルは、ここでは0(無記入)〜5の6段階としている。この数値は管理者による考課や自己採点等をあてる。前回「能力を探す旅」で触れたように、表面的な認識にとどめず、深く採掘するほど精度が高まる。

スキルの種類をⅠ〜Ⅷで表す。
そのうちⅠ〜Ⅴが現在(例では事業立ち上げ時)要求されるスキル。Ⅳ〜Ⅷが将来(例では事業運営時)要求されるスキル。ⅣとⅤが両者で重複しているという想定である。

これによってマッチング状況をあぶり出し、さらに本人希望や周辺の事情を勘案したうえで、現在と将来への個人への使命配賦の最適化を図る。

■集団と組織のマッチング

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OPスキルマトリクス(2)

表(2)は表(1)を集計してチーム全体を記載したもの。縦軸に個人(”a”〜”f”というIDを持つ)を配列している。横軸は表(1)と同じである。主に各個人と使命との間をとりもって、最適な配賦を図るために使う。

個人ごとに、現在保有スキルと将来希望スキルを足し算して「総合スコア」を出す。これによって個人ごとにスキルの軸足がどこにあるかを確認し、将来像を把握する。個人の育成などに活かしていく。

■OPスキルマトリクスの効果

OPスキルマトリクスは、さまざまな手がかりを与えてくれる。
・最適な使命配賦の物差しにする。
・使命に適した個人がいることを見過ごしてしまうことを防ぐ。
(→この効果は案外大きい)
・組織として手薄なスキルをあぶり出し、育成計画等につなぐ。
・マッチングによって従業者個人の満足度を上げる。

ただしこのメソッドは補助手段に過ぎない。データを頭に入れて、管理者が判断することに変わりはない。ただその過程の一部を可視化し、思考の便宜を図っただけのものだ。

くれぐれも、計算値を機械的にあてはめて最終判断を出してしまうようなことは避け、管理者の知恵を注ぎこみたい。働く人が気持ちよく仕事にハイタッチできるように。

(あもうりんぺい)

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人財活用06-能力を探す旅

能力は、座っているだけでは手に入らない。旅に出て探すぐらい本気にならないと。そのときに《小さな地図》が役立つかもしれない。

■能力を獲得するための4つの方法

組織や個人が、能力(技術・知見・技能=スキル)を高めるには、どんな方法があって、どう活用したらいいのか。

いつものように、世間とはすこし違う切り口から入る。能力獲得の小さな地図、デミマップ(DeMiMaP)の語呂合わせで考えよう。

De (Development) 開発
Mi (Mining) 採掘
Ma (Matching) 結合
P (Procurement) 調達

■能力を開発する (Development)

能力開発については世間で膨大な情報がある。まだ語らなければならないことも多い。ここでは、よく使われる《OJT》ということばに注目しよう。「能力開発ですか。ウチはOJTでやっています」などと。

だが考えてほしい。座学や外部研修といったOff-JTに割くことができる時間は、すべての就業時間のせいぜい1%未満だろう。残りの99%は仕事中の時間だ。余暇時間以外に本気で能力を開発しようと思ったら、そこに学びの要素を乗せていくほかはない。

ほとんどの能力開発はOJTだ。とすれば、「OJTをやっている」とだけ騒ぐのは無意味。どれだけ無理なく効果的に、職場風土に染み渡った形でOJTをやっているかと騒ぐのは意味がある。このシリーズでも方法論を語ることにする。

■埋もれている能力を掘り出す (Mining)

これは開発の一種ともいえるが、あえて切り出したほうがいい。それだけ大切だからだ。ふたつのアプローチがある。

(1)組織に埋もれている能力を掘り出す
「厳密な職務定義のもとに、それに合致した人財を採用しました」といった場面を見たことがあるだろうか。諸外国では普通でも、わが国ではそうではない。新卒一括採用で入ってきた者たちは、もっとあいまいな、なんとなくデキそうだという理由で選ばれている。

だからこそ、履歴書ではわからないスキルを持ちながらも、それが感知されず活かされていない、ということが起こりうる。キャリアの棚卸、スキル申告、さまざまな方法を使って掘り出す必要がある。

(2)個人の中に埋もれている能力を掘り出す
スキル申告で表沙汰にできるのは、本人が自覚している能力だけだ。気づいていない能力というのも実はあって、これのほうがずっとやっかいだ。

個人スキルの発掘に特化したワークショップやセミナー、個人への日ごろからのウォッチングと対話、啓発。それらが意図的にできれば、組織としてのパフォーマンスはやがて大きく変わってくるだろう。

■能力を組織の使命とマッチさせる (Matching)

せっかく開発した、または発掘した能力も、仕事内容とミスマッチを起こせば効果は大幅にダウンする。組織の要求スキルと個人の保有スキルを突き合わせる作業が必要になる。

分析の対象は以下の4つの象限だ。このマトリクス(スキルマップ)は次号でくわしく触れる。

・組織として現在要求するスキル、将来要求するスキル
・個人の現在保有スキル、将来取得を希望するスキル

これを可視化すると、個人への担当割りや使命の配賦が的確にできるようになる。さらに組織のどのあたりの能力が手薄か。それをあぶり出すことにもなる。

■調達する (Procurement)

上記であぶり出された能力の不足分は、《開発》や《採掘》でも補うことができる。だが即効性でいうと《調達》の出番だ。社員の補充採用、派遣受け入れ、業務委託などがこれに当たる。

派遣や委託を使って好都合なのは、原則として《ノンコア業務》だ。組織にとって本来的な目的達成手段が《コア業務》。そこに安易に外部資源を使うと、長い目でみて競争力が低下したり、業務が空洞化したりする。

そんなことは当然とわかっていながら、あちこちの企業で業務の空洞化が進んでいる。これにはいろいろな原因があるが、コア・ノンコアの切り分けひとつとっても、実は深い判断を必要としているのだ。

いままで述べてきた《能力のDeMiMaP》。この4つを並行して使いこなすことが人財能力獲得の早道になる。バランスよい目配りが効果的だ。

DeMiMaPとは、ことばの意味として「半欠けの地図」のことであった。あと半分の地図があって初めて、宝探しは完結する。その半分に描かれているものとは?

それは《能力の獲得》を強力にサポートする《使命》と《意欲》だ。

(あもうりんぺい)

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だれが会社を思うのか ― シャープへの支援と統治

だれが会社を真剣に思っているのだろうか。その幸せと行く末を。シャープがホンハイ(鴻海)精密工業の傘下入りする方針を固めた。どのような形態にせよ、あらたな門出が近づいているわけで、陰ながら関係者の方々にはエールを送りたい。

とはいえ、申しわけないけれど心は晴れない。「会社は何でできているか」で示した悪い予感が当たりつつあるからだ。

■財務状況から、シャープは「買い」だ

15年3月期の自己資本比率は2%未満に急落しており、黙っていれば債務超過に陥る勢いだ。(後述する資金注入で現在8%程度に回復。)一方で有利子負債の絶対額は1兆円未満と巨額ではなく、この数年間で増えているわけでもない。むしろ13年から15年にかけて漸減しているぐらいだ。

ここで数千億円の資本増強をすれば、財務の指標は一気に明るくなる。バランスシートを見る限り、差し迫って負債を減らす必要はなく、資本増強しても借金払いでロスすることはない。大きな減損や特損の予兆もない。資本増強分は構造改革に充てる部分もあろうが、大部分を成長投資に振り向けることで、再生を果たせる可能性が高い。

それには三つ、要件がある。

ひとつめは、いままでの経営陣と経営手法をすっかり塗り替えることだ。2015年にファンドから優先株によって2000億円の資金を注入したが、業績の急落は止まっていない。現経営陣による事業再建はもう無理という証左だ。筆者にはこの2000億円が、現経営陣の経営能力の最後の(負の)証明、一種の手切れ金と映っている。

ふたつめ、いままで作り溜めた技術のシーズを一気にマネタイズ、現金化することだ。シャープには液晶の「IGZO」を始めとして、どこにもない独自の技術がぎっしり詰まっている。これをセールスできる能力が根本的になかったのを、刷新する必要がある。

三つめは、社会との良好な関係を結び続け、従業員が意欲と使命感をもっって働き続けられるように環境を整えることだ。これはいまに始まった話ではなく、シャープだけの問題でもない。普遍的な課題だからこそ、この変化の節目に考えなおしておかなければならない。

■経営陣温存という麻薬

今回の決定に至る前、産業革新機構とホンハイがシャープ支援策を提案しており、争奪戦といった様相だった。

革新機構:支援額3000億円プラス銀行からの支援引き出し。
ホンハイ:支援額6000億円規模。

この金額の差によってシャープ取締役会と銀行各行がホンハイ提案に惹かれたという筋書きが語られている。銀行としては、そろそろ回収にかかりたい。シャープにリスクマネーを積み増すよりも、、ホンハイからの潤沢な資金で事業再生するのを高みから見物したほうがいいという判断だろう。

ここでもうひとつ、両案には大事な差異がある。

現経営陣につき、革新機構は「退任を求める」、ホンハイは「退任を求めない」ことを支援の条件としている点だ。

■戦犯が裁判官

シャープ取締役会の構成を見てみよう。(一部カウントが不正確かもしれないが、大要は間違いない。)

取締役13人のうち社長・会長を含む8人が社内からの生え抜きで、うち会長を除く7人が執行役員を《現状で》兼務している。一方で5人が社外取締役。そのうち2人がファンド(JIS )からの派遣。

昨今の風潮を受けてバランスを取った結果と主張できるかもしれない。外部大手の経営経験者や弁護士が入って入れば、監視や助言で取締役会としての機能が果たせるだろう。しかしそれは平時の話であり、今回のような事態では別だ。

取締役会の過半数が現役の執行役員で、ここまで業績悪化させた直接の責任を持つ。それが「経営陣の退任を求めない」というホンハイ案のほうを、お手盛りで採択した。会社法では「決議について特別の利害関係を有する取締役は取締役会の決議に参加できない」としているが、今回の案件ではまさか執行役員兼務者を外した決議などしているわけもないだろう。

「現経営陣の温存」、この一点だけ取っても、経営者としての矜持を問うのに十分だ。

■どうなるのか

ホンハイは過酷労働や過剰な利益追求で、とかく風評のある会社だ。(風評だけであってほしいと願っている。従業員のために。)以下のシナリオに従っていくだろう。

ホンハイはシャープの技術を基に製品を生産し、巨利を手にする。その過程では、先述「技術シーズのマネタイズ」はうまくいくだろう。ホンハイは株式取得で資本注入し経営権を得る。バランスシートで見たように、経営再建さえすれば、出資者の損失はなにもない。圧倒的な安値で将来の巨大なキャッシュフローを手に入れた、ということになる。

シャープ本体は、しばらくは現状の体裁を保ち、内部から技術が親会社に移転されていく。そのうちに機をみて、事業ごとに切り刻まれ、一部は台湾や中国に合流し、一部は捨てられる。

「退任させない」とされた現経営陣は、すぐに実権から遠ざかり、やがてはすべて駆逐される。ホンハイのようなドライな経営方針の下で、そもそも現経営陣は通用しないし、ホンハイ側としてもいつまでも養っていく気持ちもないだろう。そうなったら、筆者が指摘した「経営の塗り替え」は皮肉にも実現してしまうことになる。

日本の技術立国が大きくゆらぎ、凋落していく。シャープ案件だけが凋落の原因ではないが、今回案件はシャープだけの問題でもない。技術を育てるだけ育て、それを活用できず、勝手に会社を傾かせる。経営者は無傷で、人と技術だけをタダ同然で売り渡す。これで技術の伝統が維持できるはずはない。

筆者が指摘した業績回復のための三つの要件のうちふたつはホンハイ傘下でも実現していくだろう。問題は最後の要件だ。中長期志向と全体最適、社会厚生。いま見たように、十分な実現はおぼつかない。

筆者はナショナリズムでこれを言うのではない。現経営陣が最後まで保身を図り、人と技術を犠牲にした。これを企業統治の問題として見過ごすわけにはいかないと言っているだけだ。

だれが会社を真剣に思っているのだろうか。その幸せと行く末を。内部の者、外部の者、関係する社会のすべてが思っていると信じたい。

(あもうりんぺい)

不都合な伝染病

司令官「なあ佐官」

佐官「なんですか司令官」

司「われわれは、この星を壊して乗っ取るんだよな」

佐「もちろんそうです」

司「といってもこの文明を物理的に破壊するのはたいへんだし、あとで再利用しにくくなる。支配種族の精神だけを壊して、そいつらを滅ぼしてしまおうというわけだ」

佐「わざとらしい説明ですが、そのとおりですね」

司「計画は着々と進んでいる。星の支配種族である《ヒト》の精神は、だいたいがスサんでいるし、イラついているし、あちこちで殺し合いが派手になってる。こういうのをどんどん煽らないとな」

佐「そうですね。そこでちょっとこの《どこでもテレビ》を見てください。ぐーんとクローズアップしていきます」

司「星のずいぶん端っこの、シブヤやフクシマがある地域だな」

佐「たとえばこのエレベータの乗り方です」

司「エレベータ? 急に地味になったぞ」

佐「この地域では、殺し合いがあまりないですから。そのかわりイジメや虐待があるので、このつぎから観測しますけどね」

司「なるほど。ところでこのエレベータ、歩道橋に上がるためのものだな。入口と出口がそれぞれ反対の側についている」

佐「いま《ヒト》がひとり入りました。もうひとり入ろうとしているところへ、先に入った者が、振り向きもせず、さっさと《閉じる》のボタンを押すものだから…」

司「おお、ドアにはさまって痛がっている。いい景色ではないか。ケンカでも起きればもっといいのだが」

佐「こんどは、たまたま操作盤の近くに立ったヒトを見てください。こいつは《開く》ボタンで開けたまま、降りるヒトをぜんぶ降ろして、最後に自分が降りています」

司「う、ひどい…まあこれはこれで、ときどきあるマナーなんだろうな。前にカイシャというものの中でこれをやっているのを見たし。しかたがないか」

佐「そんな中で平然と、そっくりかえったまま降りていく者がいます。知らないヒトがボタンを押して開けておいてくれるのに、ですよ。会釈もなく」

司「おお頼もしい。マナーのほころびは精神の崩れの前兆だ。もっとやれ! 地域に蔓延させるんだ!」

佐「同じ場所でほら。こんどは若いオスの二人組。ひとりはかなり太っており、もうひとりはタオルの鉢巻をしていますね。二人の服装は、現地では《建設労働者風》といわれています」

司「むさくるしい感じだ」

佐「エレベータが来るのを待って談笑中といったところですか。扉が開いて乗り込んでも、向き合って談笑が続きます」

司「あ、あとから中年のオスらしきヒトが乗りこんできた」

佐「ここからスローモーションに切り替えて、じっくり見ましょう。奥にいたデブは、あとから乗るヒトをしっかり目で認めて、手はいつのまにか《開く》ボタンに添えています」

司「…」

佐「ゴンドラが上がり切ったところです。こんどは鉢巻のほうが入口側の《開く》ボタンを押して身を引き、あとから乗ったヒトを先に通します」

司「な、なんなんだこれは」

佐「ええ、さっき見たのと似ていますがね。今回のこれがとくによくないのは、一連の動きが自然でスムーズ。気持ちの迷いがないし、二人の息も合っている。完全に慣れた行動らしいということです」

司「なんと恐ろしい」

佐「もっと恐ろしいものを見せてあげましょう。このビッグデータ解析です。さっきの建設労働者風のヒトのような行為なんですが。たとえば半径100メートル以内の場所で、こんな行為を平然とするヒトが何人か出てくる。するとこれが伝染するんです」

司「伝染?」

佐「ええ。何人かがこれをくりかえしやって、そのあとしばらくたつと、当たり前のようにこれをするヒトが増えている」

司「どうしてそんな伝染なんてことが?」

佐「よくわかりません。何人かがやると、それが当然だと思うのか。かれらの言葉でいう《クール》だと思ってマネするのか。それに口にするのも不気味ですが、《他人のためになる》し、そのへんかと」

司「うう、これは…エレベータ限定ならまだいい。だがこんな風潮があちこち広がりでもしたら、これはたいへんだ。精神を崩壊させるどころじゃなくなるぞ」

佐「じつはこの地域、以前は《乗り物で席を譲らない》ことでは優等生だったんですよ。ところが最近は変化があらわれてきて…」

司「譲るようになった?」

佐「すこしですが、そうです。こんなものがまた伝染してきたら…」

司「とてもまずいぞ」

佐「とてもまずいです」

(あもうりんぺい)

人財活用05-意欲を注入する

《意欲、モチベーション》は遊園地でもらった風船と同じだ。始めはパンパンで天井にはりついているが、ふと気づくと、しわくちゃになって床にころがっている。

どうなると意欲が下がるのか。

(1)年齢を経ると下がる
人にもよるが、普通は小学生時代をピークにして下がり続ける。だがこれは根本原因ではないし個人差も大きい。加齢とともに以下の各要素が働いた結果だと思えばいい。

(2)組織に安住すると下がる
だまっていても安全をおびやかされることはない。そうわかってくると、新鮮だった意欲が下降線をたどりだす。

(3)達成感、変化や刺激がないと下がる
意欲の火付け役はまず仕事本来の達成感。そして変化や刺激だ。刺激は「美や感動」のこともあるし、「衝撃的なできごと」のこともある。青色LEDの中村修二教授のように「怒り」を刺激の元としてきた人もいる。これらをうまく注入しないと、意欲は続かない。

(4)困難や理不尽で下がる
職場で働きが評価されない。企画や提案が通らない。じっとしていたほうがいいということになる。もうひとつの困難は、「難しすぎる、やり方がわからない」だ。これも意欲を大幅に下げる。

(5)信念がないと下がる
最大の要因がこれだ。安穏や困難や理不尽は、じつは避けられないものだ。表面的に平和なこの国では、よけいそうだ。それらの下降要素をかき分けて進む原動力がこの信念である。

では、意欲を持ち上げるにはどうしたらいいのか。各要素は上記「下がる原因」の裏返しになる。組織から構成員に対する働きかけ。個人から自身への働きかけ。両面が必要だ。

(1)気を若くする
これは意識の持ち方だ。以下の(2)〜(5)すべての材料を拾い集めて「気のはり、集中、活性」という《気のもちよう》に収束させる。

(2)組織に安住しない
組織からの働きかけ:
安住しないようにといっても、いきなり成果主義への大転換などは難しいだろう。だが手をつけやすい刺激策がある。それは《ルーティン化というサボタージュ》を防ぐことだ。管理部門や生産部門を問わず、いつのまにかルーティンに安住し、工夫のない日常をくりかえすだけになってしまう。そうなっていないか見にいって、だめなら改善する。内部監査を手段に使えばいい。内部監査は不正不祥事のためだけにあると思ったらそれは間違いだ。

個人としての対応:
いまの組織は昔ほど安泰ではない。また組織内での個人の地位も安定していない。日常忘れがちなそのことに注目するために、組織外の人たちと交流してみる。業界動向や社会全般の動きも注視しておく。自分の組織がいかに安泰でないか。危機感を持つことができるだろう。

(3)達成感、変化や刺激で火をつける
組織からの働きかけ:
達成感が目に見えるようにする。見えにくい職種の場合は指標を工夫する。また上司が積極的に評価の言葉をかける。バックヤードの者が接客に出る。
困難な仕事を与える。(パワハラにならないよう、上手にサポートする。)
担当を適度に変える。(キャリア設計に悪影響がないようにしながら。)
職場集会、改善運動、スローガンなどの刺激策をとる。

個人の対応:
仕事の面白さは「なにをやるか」ではなく「どうやるか」だ。だれがやっても結果は同じになる仕事でも、達成感を見つけることができる。むしろそれこそ、改良するチャンスが与えられたということだ。工夫を武器にすることだ。

(4)困難や理不尽を取り除く
いまの組織が圧倒的に低意欲なのは、理不尽要因が強いからだ。

・ほめない文化
・働かないおじさん
・保身で頭がいっぱいの上司
・できない理由を考えるのだけがうまい管理部門
企画つぶしを自分の仕事だと勘違いする役員

こんな環境で意欲が下がらなかったら、そっちのほうがおかしい。こうした環境要因をひとつずつ取り除いていくことだ。といっても難しいことばかりだろう。取り組む方法の考察はこのサイト全体の役割だが、これだけは言っておこう。

《これらの障害要因に正面から取り組むことが、とても大きな組織の伸びしろになる。》

(5)信念を持つ
組織からの働きかけ:
前回までに述べたような《使命》の設定を明確にしておくこと。それが組織貢献にとどまらず、多くの人を幸せにするものであることが実感できれば、仕事の使命と意欲が《信念》に昇華する。その力はとても強い。

組織の使命自体、多くの人を幸せにするものであるのは当然だ。もしそうでなければ、使命や組織の成り立ち自体が間違っていないか、疑いをかける必要がある。

個人の対応:
組織・部門・個人の《使命》を納得いくまで咀嚼しよう。腑に落ちなければ、上司とディスカッションすることだ。使命の達成と突き合わせるように自分の《能力》を補填していく。これらを通じて信念が強化される。

放っておくとしぼんでしまう意欲。もう一度パンパンにするには、いろいろな方面からパワーを注入してやる必要がある。あなたの組織にとって最適な方法はどれだろうか。

(あもうりんぺい)

□連載「人財活用」メニュー□

会社は何でできているか

■どれがゾンビ企業か

ゾンビ企業はすみやかに退場すべきなのか。退場すべきはだれなのか。いま東芝とシャープが苦境にある。

この二社は、いまでもすばらしい会社だ。ここですばらしいというのは、技術者を始めとする従業員、蓄積された知見、伝統と企業風土、そして社会に根を下ろした関係性のことだ。技術や製品に接したことがある者にとっては自明ではないだろうか。たまたま劣悪な経営者を得たことが不幸だっただけだ。

中・短期的な経営失敗は、組織の構造や風土には致命的な影響を与えていない場合が多い。両社の場合がそうだ。救いようがある。

長期間にわたる経営の迷走が組織に浸透し、マインド自体にダメージを与えてしまった例はまた別にある。いま業績が上向きかけているソニーなどは、その意味でまだ根深い問題をかかえると筆者は見ている。

ゾンビ企業をあらためて定義すると、こうなる。
「外部環境の変化に適応した価値の提供ができず、内部改革で適応しようにも末端まで腐りきっているためにその力もなく、外部の不当な介入や惰性で延命している企業」

経営だけに問題があったという前提だ。完全な立証はできないので、以下、仮定のうえでの話としておこう。

東芝とシャープはゾンビ企業ではない。あえて例え話をすれば、「メドゥーサ企業」とでもいうか。もとは美女だったが、意識(=経営陣)が傲慢になったために、醜い姿に変えられてしまう。最後は頭部を切り落とされることになる。

■メドゥーサ企業、望ましいのは首のすげ替え

産業革新機構が両社の支援に乗り出している。この種の支援の常道は「本体を温存。経営陣は刷新」だが、筆者はこれを順当な策と見る。

支援がなく、会社が生き残らなかったらどうなるか。事業部単位で分断されて売却されるか、解散して一人ずつバラバラになるかだ。社会にとってかけがえのない存在である「人」は、いなくなるわけではないが、組織や伝統は残らない。

日本の労働市場は流動性が低く、倒産企業の社員は大幅なキャリアダウンを強いられる。その現状を動かぬ前提とするなら、ゾンビ退場論に早計にうなずくことはできない。なんの罪もない従業員個人の一生に大きく影を落としてしまうからだ。

(動かぬ前提を変えようという議論は歓迎だが、それは別の話だ。日本の産業界全体が構造的に腐朽化しており、総とっかえを要するところもあるが、いまはそれも別の話だ。)

環境に適応できない存在は、すみやかに退場すべきだと筆者も考える。だがその退場すべき主体は会社本体ではない。会社は社会に根差した高度に社会的な生きものだから、殺して切り刻むより生かすことを考えたほうがみんなのためだ。すげ替えるべきは経営者のほうだ。だがその反省が足りずに無能な経営者が居座ってしまうことがよくある。

シャープや三洋電機をやめた技術者のうち、かなりの人数がアイリスオーヤマに入社した。これは技術者集団のほうを主体に考えると「経営陣のすげ替え」にあたる。

三洋電機の白物家電部門が中国ハイアールに売却されたのも同じだ。会社側から見たら「切り売りして換金した」になるが、内部の人間が見れば「経営の首がすげ替わった」になる。二事例どちらも、経営陣のスムーズな交代をもたらすという意味で好都合な形だ。

■解体、切り売りという損失

資本市場の国際化は好ましいことと筆者は考えている。日本企業による外国企業買収だけではない。海外からの出資による企業支配や不動産取得も増えて初めて、双方向で望ましい国際化になる。

ただし、日本の経済全体が手塩にかけて育んできた基幹技術をやすやすと、不当な安値で売り渡すのがいいかというと、それは違う話だ。

不当な安値というのには理由がある。

本来ポテンシャルの高い企業が、たまたま劣悪な経営によって大きく業績を落とす。資産価値でも株価時価でも将来キャッシュフローでも、あらゆる意味で内容にそぐわない低い価値に「外観上は」見えてしまう。これを買い叩くのはまさにお買い得というものだ。

そんなことをして次々、人を中心とする優良な資産を手放してしまって、国としていいのか。むしろ心ない経営者によって踏み散らかされた企業を手厚く保護し修復することが先ではないか。

ところでさっきハイアールへの三洋白物の売却は好ましいと言ったばかりではないのか。そう、このパターンの売却には正負両面があるということだ。従業員にとっては、よしあし両方だろう。国際社会全体の厚生にとっては、よいことだったかもしれない。国の経済として、手指の間から砂粒が落ちるような損失を続けているというだけの話だ。

会社は《末端の人と知見、伝統と風土、社会との関係性》でできている。日本ではとくにそうだ。(国によっては金主と経営者でできている。)

そのよき存在の息の根を止め、ときには切り刻むという、負の力を持つのが経営者だ。責任はそれぐらい重い。企業というよき存在を殺さず活かす経営者よ、出てきてほしい。

(あもうりんぺい)

人財活用04-使命をデザインする

■部門使命の提案

部や課の使命について考えよう。読者が組織人なら確認してほしい。所属する部門に《使命》があるだろうか。「業務分掌」ならあると思うが、ここで言うのは「○○の事務に関すること」といったヌルい記述のことではない。

組織全体の使命に直結して、それを細分化(ブレイクダウン)し、価値観まで伝わってくる言葉のことだ。もし、ないのなら作ってみることを勧める。言わなくてもわかると言っていないで。部門使命の明文化は、日々の活動の方向が明瞭になるし、次の「個人の使命」への橋渡しにもなる。

使命を考えていくと、それはひとつではないことがわかってくるだろう。「日常実務のため」と「将来のため」、構成員の精神的なよりどころまでもカバーする。

★使命設定の例:(映像製作会社を想定)
会社の使命:「良質な映像作品を供給し続けること」
部門の使命:(同社の法務部門を想定)
(1)「良質な知的財産のトレーディング・保護・育成を中核とした戦略的法務の遂行」
(2)「同上をベースにした法務関連イノベーション」

育成や部門連携、取引先・グループ会社連携などは当たり前であり、どの部門も共通だから省いている。

イノベーション条項は必須ではないが、将来を見据えた使命設定になじみやすい。イノベーションは天才のひらめきを待つものではない。実現性は低いが影響の大きい結果を求めて組織的にアプローチするものだ。また日常業務に組み込むものでもある。

■それでは個人の使命とは

個人の使命は、ひとつ決めて終わりというものではない。本人の能力の向上、構成員の出入りなどによっても変わってくる。いつも見直しが必要だ。

いまは《分担》ではなく《使命》の話をしているので、当人の意識への配慮も要する。管理側の都合によって無定見に変えるのはよくない。設定も変更も、本人意思を尊重したデリケートな配慮が必要だ。

人財活用の連載趣旨に照らしてみると、適切な使命配賦は《能力》があって《意欲》も持てる分野ということになる。さらには能力と意欲を涵養できるようにすること。そのためには、要求スキルをすこし高めに設定することだ。(次回で触れる。)

★一個人の使命の例:(法務担当)
(1)「米国著作権法のエキスパートとしての戦略的調達・契約業務の遂行」
(2)「同上をベースにした法務関連イノベーション」

使命は制約ではない。単なる《責任》でもない。たとえ間接部門でも、本業に直接寄与するイノベーションをもたらす余地がある。そのために上の条項(2)があるのだ。組織員の仕事はルーティンをこなすことではなく、工夫することだから。

■提案のまとめ

・《部門の使命》がないなら作る。
・それは組織の使命に直結するものである。
・《個人への使命配賦》を見なおしてみる。ないなら作る。
・易しすぎず、到達可能な難易度を設定する。
・使命には日常業務だけではない、将来展望も組み込む。

(あもうりんぺい)

人財活用03-使命と目的は似てるけど違うのか

■使命と目的とは

組織にとっての「使命、目的、目標」を定義する。
人財活用だけでなく企業理念の話になる。

《使命》
外部の期待に応え、組織活動の結果として作り上げる成果物または到達する状態。
例:「良質な映像作品を供給し続けること」(A社)
「心地よい住環境の提供」(B社)

《目的》
事業等の一連の活動が最終的に目指す対象としての、作り上げる成果物または到達する状態。
例:「映像文化の革新」(A社)
「心地よい住環境の提供」(B社)

《目標》
目的に向かう活動の途中で目指すための、目的への到達度を示す具体的な指標。
例:「今期目標、売上100億円」

《目標》は参考のために記した。本稿では触れない。
「例」はどれも架空のもの。

■組織を代表する使命と目的

使命は《外部の期待に応える》ことが要件であり、目的はそうではない。
それでは使命と目的は違うものかというと、ほとんど違わない。

《目的》は個々の組織によって違うのは当然だが、根源的には「社会に価値を提供することで自己も利得を得る」ことだ。(通念上、完全に合意された見解ではなく、諸説がありうる。)

一方で《使命》の定義の中の「外部」は多層構造をなしており、「上部組織(例:親会社)」ということもある。だがそのさらに上部をたどっていくとやがて「外部=社会」に行きつく。

目的も使命も、ともに《社会への価値提供》という本質は変わらない。だからひとつの組織が自己のために設定した目的と使命が、まったく同じでもかまわない。定義のところであげたB社の例がそれにあたる。

A社のように価値観的な階層の上下で分けることもある。この場合、使命と目的を逆にしてもあまり矛盾はない。両者を厳密に分けることに意味はない。

■組織内部での使命と目的

個人の場合は分けて考えたほうがいい。
さっきのA社の例を見てほしい。ひとりの社員の使命が「効率的で機動的な映像原作ライセンスの取得」といった場合もありうる。使命は小分けして配賦することができるのだ。

使命は上位職から下位職に連鎖する。「下位職における《使命》は上位職における《達成手段》」という言い方もできる。

世間ではよく「下位職の《目的》は上位職の《手段》」という言い方をするが、それは以下の理由で、やめたほうがいい。

■目的は共有する

組織は目的を共有する集団だ。だから経営者も管理職も下位職も同じ目的を持つべきだ。下位職の個人としては小さな使命を担っていても、同時に組織全体の目的を認識していれば、ベクトルにゆらぎがない。大局を見据え、一丸となって行動できる。

別の定義を与えれば、別の結論になるだろう。だが意識のよりどころとして「組織内の立場によって変わるもの」「変わらないもの」が両立するという状況は、どこへ行っても同じかもしれない。

■まとめ

・《使命》は外部の期待に応えて出す結果。
・《目的》は組織が最終的に目指すもの。
・組織を代表する《使命》《目的》に本質的な違いはない。
・組織内で、使命は小分けして配賦できる。
・組織内で目的はひとつ。上位職下位職が共有する。

次回は人財活用の話に戻って、使命をどうハンドリングするか。

(あもうりんぺい)

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