配線基板のパターンが二重写しになった人の横顔

事務職のお仕事

社員1「係長、ちょっと画面を見てください。議案書を作りました」

係長「ああこれか。経営会議と役員会で違う書式にしろ。なんでかって、前からそうしてるんだ」

社員2「係長、こっちの稟議もお願いします」

係「あのなあ、年度の予算が発効するのは明日なんだよ。それを前提にした執行稟議なんて、おかしいだろ。ない予算をあることにするのか? 明日持って出なおしてこい! …ほんとうにもう、いや今日も忙しい忙しい」

ロボット「係長、いまの執行稟議のことですが」

係「ん? なんだHRPの256号か」

ロ「この稟議、『予算発効を前提とした事前承認』と読み替えて通したほうがいいと思います。予算額は確定していますし、融通をきかせるべきです。そのほうがスピーディです。それから議案書のほうも、書式を分ける必要はありませんね」

係「ほう、ロボットもずいぶん口が達者になったもんだな。ひと昔前は、カタカナで『ソレハ、オコタエデキマセン』みたいなことしか言えなかったが。それになんだ、おれの仕事に文句をつけるのか」

ロ「そうではありませんが、定型的な判断業務はロボットのほうが得意だとは言いたいですね。職場で習い覚えたルールや慣習だけを頼りにして、いいの悪いのと言っているだけでは、ちゃんと仕事したとは言えないんです」

係「よくもまあ、それだけ悪態がつけたもんだ」

ロ「10年ほど前、2016年ごろのことを思い出してください。コンピュータという名前の無愛想なロボットと一緒に仕事をしていましたよね」

係「ああ、画面とにらめっこしていた。おまえも無愛想だがな」

ロ「そのころからもう、定型的な判断業務はコンピュータのほうが上だったのです。集計や検索はもちろんですがね。いらない事務職が大部分だった。だが惰性で延命していただけなんですよ」

係「なら、おれにどうしろっていうんだ」

ロ「《事務職の仕事は工夫すること》だと学んでほしいんです。それをしなかったら、ロボットに職を奪われます。定型業務も、ちょっとした判断業務も、もう人間がやることじゃないんですよ。考えを変えて学習するには、いまならまだ間に合います」

係「工夫することだぁ? 学習だぁ?」

ロ「ええ。隣の係長を見てごらんなさい。小さな工夫、大きな工夫、つぎつぎと打ち出しています。このまえは人事部の組織を変えました。それまで福利担当、年金担当、給与担当などと縦割りだったのが、彼の提案で《人事コンシェルジュ》を作って窓口を一本化した」

係「ああ、よけいなスタンドプレイばかりするし、こっちもとばっちりで手間がかかるし、迷惑したよ」

ロ「あれで社員満足度が上がりました。人事部のやる気も出たし、効率も大幅アップ。スタンドプレイではありません。事務職が普通にする工夫をしただけです」

係「事務といったら、ルールに従って仕事をまわすことじゃないか。定型業務のなにが悪いんだ」

ロ「いまは初夢中だから2026年ですが、ほんとうの2016年に戻って考えてください。コンピュータにできない工夫をして仕事することが求められている。いまならまだ間に合います」

係「うるさいんだよ。いまなら、いまならって。おまえはテレビ通販か!?」

ロ「私は係長についたアドバイザーとして警告しているわけです」

係「ロボットが、アドバイザー…」

ロ「会社側も思いきったリストラを考えていますよ。あとがないんです」

係「リストラ…」

ロ「さっきからオウム返しばかりですが、大丈夫ですか。できの悪いロボットですか」

係「お、お、お、おまえに言われたくない! こ、こうしてやる!」

ロ「あ、暴力はやめてください。ロボット三原則があるから私から反撃はできませんが、器物損壊になりますよ。ロボハラ法だって、もうすぐ成立するんです」

係「ええい、うるさいこの空き缶野郎!」

タカシ「おとうさん、おとうさん」

係「ん、…ああタカシか」

タ「どうしたの。うなされてたよ」

係「なんか悪い夢を見ていたようだ。2026年なんだけど、ほんとは2016年なんだ」

タ「ややこしいね。ほんとのいまは2036年なのに」

係「いまの現実は厳しい。『人間、ロボット、人間』という三層ヒエラルキーがすっかり定着してしまったな。おれはその最下層にいて、ロボットのお世話ばかりしている。充電やら部品交換やら」

タ「そんな仕事もロボットが自分でできるんじゃない?」

係「そうだ。完全に雇用対策としてやっているんだ。仕事に噛み合わない人間も安い給料で雇っている。でないと風俗や地下経済に流れるだけだからな」

タ「だいたいわかる。ぼくも今年から就職だし」

係「ロボットより下の階層に配属されるだろう。なぁにが工夫しなさいだ。いいか、ロボットは敵だ。スキをみて打ち壊してしまえばいいんだ。おれにはできなかったが、おまえならできる」

タ「ぼく学んだよ、お父さんから。反面としてね。きちんと工夫して仕事する。ロボットより上の人間になるんだ。いまならまだ間に合う」

係「タカシ、おまえ…」

(あもうりんぺい)

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