いまどう動くのか2-気づきを行動にする6つのK

■プロジェクトのぬかるみ

プロジェクトの進行に、かすかに翳がさしているように見える。進行表の上でとくに遅滞はないのだが、恵瑠(える)にとっては、なにかが「ぬかるんで」いるように感じられた。

そんな自分の感覚が杞憂かどうか、彼女はプロジェクトリーダーに相談を持ちかけた。熱心に聞いてくれたものの、感覚を共有することはできなかった。一方で「計画表どおりの実行だけがぼくらの務めではない。恵瑠さんの課題意識は正しいよ」というリーダーの言葉には勇気づけられた。

恵瑠は、プロジェクトの成否、なかでも細かな進行の順調さには心を砕いている。平穏に見えながら、いま修復しておかなければならない事態が起こっているのかもしれない。冷静に見ていると、メンバーたちの動きがすこしずつ期待はずれなものになっているようだ。その自分の感覚を信じ、一人ひとりの行動を思い出しながら分析してみた。

「目的観がずれている。」それが結論だった。

「どのようなシステムをいつまでに創り上げるのか」は十分に共有していた。だが「人心を一新し、風通しのよい組織に変える。このシステムはそのために役立つ」という経営者の思いが、一部の者に伝わっていないようだ。だから人の動きがちぐはぐになる。

彼女は1枚の簡単なスライドを作って、メンバー全員の前で注意喚起のプレゼンをした。冒頭では「べつに問題ないよなあ。計画表どおりだし」というメンバーのつぶやきも聞こえてきた。だが最後には「そうだったのか!」という声があがり、目的観の共有が進んだことが実感できた。やがて進捗の「ぬかるみ」は解消されていった。

あとになってプロジェクトリーダーから「あのとき恵瑠さんのプレゼンがなかったら空中分解していたかもしれないな」と言われた。気づきを形にして行動にまで踏み切る、それが功を奏したことに恵瑠は満足している。

■仕事ができる人の「いまどう動くのか」

日々の仕事では、判断の岐路が無数にある。この短期連載「いまどう動くのか」では、成果を得るためのよりよい判断と実行を考究している。

与えられた選択肢があって、そこから選ぶのであれば簡単だ。だがなにもないところから気づき、《動くべきだ》と思うことは容易ではないし、成果を大きく左右する。「結果を出す人」「仕事ができる人」は共通して、それをする力がある。

ホワイトカラーの仕事には相当の裁量が与えられている。大きなくくりとしての《なにをするか》は上から降ってくるものかもしれない。だが与えられたそれを《どのように実現するか》は、かなり幅広く選択できるはずだ。

大きな《どのように》の中には、小さな《なにをするか》もたくさん詰まっている。恵瑠の例では、プロジェクトの遂行が《大きなどのように》であり、1枚のスライドでプレゼンしたことが《小さななにをするか》に当たる。

■「気づき―実行」6つのK

学術の世界なら、《気づいて実行する》というプロセスが1年がかりや一生ものの仕事になることもある。その中でも短いプロセスは無数にあるはずだ。末端の組織人では短いプロセスが重点になる。

気づきから実行に至るプロセスは6つのK(英語だと6つのC)で表現できる。PDCAでいうとPとDの内訳になる。

1 気にかける Care
2 かすめる Cross mind
3 クリアにする  Clarify
4 検討する Consider
5 結論づける Conclude
6 決行する Carry out

順に見ていこう。

1.気にかける Care

着想よりも前の、下地段階だ。

いまの仕事なり学業なりの課題を、ふだんから気にかけておく。重要な案件なら「考え抜いてから、いったん忘れる」ようにするといい。潜在意識にバトンを渡すというわけだ。

上のことは発明発見の話でよく出てくるが、その先が「突如としてすごいアイディアが浮かび上がってきました」で終わってしまうことが多い。

まだまだその先、アイディアをすくい取って加工し、実践して効果をあげるまでの技法が必要だ。以下のように。

2.脳裏をかすめる Cross mind

ほとんど意識もしないまま、日々多くの《想い》が脳裏をかすめているはずだ。

外部からの刺激がきっかけになることが多い。「新聞で自分とは関係なさそうな異業種の記事を読んだ」「街で看板を見た」「プロジェクトの人の動きをながめた(恵瑠のエピソード)」など。

それらは「なにかが気になる」「ぬかるんでいる」「明るさが見える」「よい肌触りだ」等々といった感覚の形でやってくる。だがなにもしなければやがて、かすれて消えていく。

ここでは意図して脳裏に目をこらし、浮遊してくる感覚をつかまえる。

3.クリアにする Clarify

つかまえた《想い》に焦点を合わせ、形を与え、それを《着想》にまでもっていく。この想いの正体はなにか。仕事のテーマとどう関係するのか。創造のヒントか。警告か。

恵瑠のエピソードでは、「期待していた動きと、メンバーたちの実際の動きが、すこしだけずれている」。平穏に見えながらも修復を必要とする事態かもしれない。なにが起こっているのか。このままでいくとどうなるのか。

4.検討する Consider

多角的に情報を集めて分析する。

組織内活動の場合、この段階では、ほかのメンバーも入れた作業とすることも多い。組織を巻き込めない状況だと、せっかくの着想がそのままになってしまい、検討に至らないこともある。その理由は以下のようなものだ。

《常識とのずれ》 新しい気づきは、それまでの常識に反することがある。言い出すのに多少の勇気が伴う。

《気がね》 なにかを変えることは、人を動かし、わずらわせる結果になる。まわりへの配慮が決心を鈍らせる。

《保守・保身》 もし着想が空振りに終わったら。実践結果が失敗だったら。と思うと、つい自分の安全を優先してしまう。

《おっくう》 考えを詰め、自分で動かなければならない。それがめんどくさい。着想は、なかったことにしよう。

組織と無関係な個人の発明発見でも、《常識とのずれ》や《おっくう》は障害要素として当てはまることが多い。

こうした困難を乗り越えるには、上の《なかったことにしよう4兄弟》の存在を明瞭に意識しておく。そのうえで、「気がねより成果」や「おっくうより成果」と言えるかどうか自問する。静かなやる気が湧いてくるはずだ。

5.結論づける Conclude

行動に結びつけるには、結論という方向づけが必要だ。分析結果をとりまとめて、どうすべきかを明確にし、行動の手順を編む。

6.決行する Carry out

ここで初めて具体的な動きになる。組織内の行動であれば、タイミングを計ったり、見せ方や合意のとりつけ方を考える余地がある。(組織というものはとてもややこしい。なんとかならないか。)

よい結果を得るためには、実行段階でさらに小さなPDCAや6Kも必要になる。感覚を全開にして事に当たろう。

恵瑠のエピソードでは、気づきからプレゼンまで2日ほどだった。ほかに、たとえば接客の現場で「お客さまの右手が見えないほどかすかに、なにかを振り払うように動いた。表情を読むと、曇りが見える。さてどうする」。一瞬で《気づき―実行6つのK》が駆け抜けることもある。

「いまなにをすべきか、常に考えていますか」と質問すると、「年間計画表どおりに実行しているから大丈夫です」との答えが多い。そうだったのか、なにも問題はないのだ。6つのKだとか、よけいなことを考えなくても。

(あもうりんぺい)

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