司令官「なあ佐官」
佐官「なんですか司令官」
司「われわれは、この星を壊して乗っ取るんだよな」
佐「もちろんそうです」
司「といってもこの文明を物理的に破壊するのはたいへんだし、あとで再利用しにくくなる。支配種族の精神だけを壊して、そいつらを滅ぼしてしまおうというわけだ」
佐「わざとらしい説明ですが、そのとおりですね」
司「計画は着々と進んでいる。星の支配種族である《ヒト》の精神は、だいたいがスサんでいるし、イラついているし、あちこちで殺し合いが派手になってる。こういうのをどんどん煽らないとな」
佐「そうですね。そこでちょっとこの《どこでもテレビ》を見てください。ぐーんとクローズアップしていきます」
司「星のずいぶん端っこの、シブヤやフクシマがある地域だな」
◆
佐「たとえばこのエレベータの乗り方です」
司「エレベータ? 急に地味になったぞ」
佐「この地域では、殺し合いがあまりないですから。そのかわりイジメや虐待があるので、このつぎから観測しますけどね」
司「なるほど。ところでこのエレベータ、歩道橋に上がるためのものだな。入口と出口がそれぞれ反対の側についている」
佐「いま《ヒト》がひとり入りました。もうひとり入ろうとしているところへ、先に入った者が、振り向きもせず、さっさと《閉じる》のボタンを押すものだから…」
司「おお、ドアにはさまって痛がっている。いい景色ではないか。ケンカでも起きればもっといいのだが」
◆
佐「こんどは、たまたま操作盤の近くに立ったヒトを見てください。こいつは《開く》ボタンで開けたまま、降りるヒトをぜんぶ降ろして、最後に自分が降りています」
司「う、ひどい…まあこれはこれで、ときどきあるマナーなんだろうな。前にカイシャというものの中でこれをやっているのを見たし。しかたがないか」
佐「そんな中で平然と、そっくりかえったまま降りていく者がいます。知らないヒトがボタンを押して開けておいてくれるのに、ですよ。会釈もなく」
司「おお頼もしい。マナーのほころびは精神の崩れの前兆だ。もっとやれ! 地域に蔓延させるんだ!」
◆
佐「同じ場所でほら。こんどは若いオスの二人組。ひとりはかなり太っており、もうひとりはタオルの鉢巻をしていますね。二人の服装は、現地では《建設労働者風》といわれています」
司「むさくるしい感じだ」
佐「エレベータが来るのを待って談笑中といったところですか。扉が開いて乗り込んでも、向き合って談笑が続きます」
司「あ、あとから中年のオスらしきヒトが乗りこんできた」
佐「ここからスローモーションに切り替えて、じっくり見ましょう。奥にいたデブは、あとから乗るヒトをしっかり目で認めて、手はいつのまにか《開く》ボタンに添えています」
司「…」
佐「ゴンドラが上がり切ったところです。こんどは鉢巻のほうが入口側の《開く》ボタンを押して身を引き、あとから乗ったヒトを先に通します」
司「な、なんなんだこれは」
佐「ええ、さっき見たのと似ていますがね。今回のこれがとくによくないのは、一連の動きが自然でスムーズ。気持ちの迷いがないし、二人の息も合っている。完全に慣れた行動らしいということです」
司「なんと恐ろしい」
◆
佐「もっと恐ろしいものを見せてあげましょう。このビッグデータ解析です。さっきの建設労働者風のヒトのような行為なんですが。たとえば半径100メートル以内の場所で、こんな行為を平然とするヒトが何人か出てくる。するとこれが伝染するんです」
司「伝染?」
佐「ええ。何人かがこれをくりかえしやって、そのあとしばらくたつと、当たり前のようにこれをするヒトが増えている」
司「どうしてそんな伝染なんてことが?」
佐「よくわかりません。何人かがやると、それが当然だと思うのか。かれらの言葉でいう《クール》だと思ってマネするのか。それに口にするのも不気味ですが、《他人のためになる》し、そのへんかと」
司「うう、これは…エレベータ限定ならまだいい。だがこんな風潮があちこち広がりでもしたら、これはたいへんだ。精神を崩壊させるどころじゃなくなるぞ」
佐「じつはこの地域、以前は《乗り物で席を譲らない》ことでは優等生だったんですよ。ところが最近は変化があらわれてきて…」
司「譲るようになった?」
佐「すこしですが、そうです。こんなものがまた伝染してきたら…」
司「とてもまずいぞ」
佐「とてもまずいです」
(あもうりんぺい)