バイトテロにおける三つの想像力(上)

店舗内の冷蔵庫に入り込む。流しに寝そべる。商品である食品をおもちゃにする。それを撮影してSNSにアップした結果、大炎上して客足が遠のく。

商品の撤去、消毒、売上減少など、1件あたりの被害額は数千万円にのぼる。閉店したコンビニや倒産に至ったそば店もある。大手チェーン店にとっても、風評被害は全国の店舗におよぶから損失は測りしれない。

これをバイトテロともバカッターともいう。(両者は多少違いがあって、言葉の意味からはバイトテロは行為者がアルバイトに限定されるが、ここでそんな細かい区別はしない。)

店舗の運営者や経営者にとって、この災厄はいつ起きるかわからないだけに頭の痛い問題だ。防ぐ手だてはないのだろうか。

バイトテロのための保険は、本格的なものとしてはまだない。携帯端末の持ち込みを禁止する職場もあるが、荷物チェックは徹底しきれるものではない。ではどうしたらいいのか。もっと根本からの解決策を考えてみよう。

■ほとんどは真面目なのだけど

いつの時代でも若者は軽はずみで、大人は融通がきかないというのがステレオタイプだ。だがほんとうにそうかというと、思慮深い若者や柔軟な大人だってたくさんいる。

はっきり言えるのは、バイトテロに走るのはごく一部の者であり、大部分の若者は正しく真面目に暮らしていることだ。筆者の若いころにくらべて堅実度や思慮の深さは確実にアップしているようなのだが、それは別の話だ。

ここでは、一部に過ぎないけれど絶大な破壊力を持ったバイトテロリストに光を当てる。以下、「若者は〜」というときは、問題となる一部の者のこと。たまたま行為者に10代・20代が多いのでそう呼んでおく。

■店が困ると思っていなかった

この行為をした者に動機を聞くと「友達に受けると思った」といった答が多い。「店を困らせよう」「社会を騒がせよう」といった動機はほとんどない。これはある意味深刻な話であり、店が困るとか社会が騒ぐとか、思ってもいなかったわけだ。

つまりどういうことか。この若者たちには、ひとつの想像力が欠けている。それは「この行為をすると、だれがどう損するか。ひるがえって自分にどう降りかかってくるか」を想像する力だ。

想像してみてほしい。ろくに社会経験がなく、コンプライアンスとか顧客満足とかにがんじがらめで萎縮しきった大人の世界を知らない。ところがメディアを操作し発信する方法だけは心得ている。発信した結果はどうなるか。

■想像できない者がいる

じつをいうと、冷蔵庫に入ったり流しに寝そべったりなんて、そんなにたいしたことじゃない。売り物である食品を直接おもちゃにするのは、これはかなり困ったことだ。だがそれですぐ客足が激減したり自殺者が出たりするほどのことか。バカな子どもが悪ふざけしました、ごめんなさいで終わりでもいいだろう。

それで終わらないのは、ひとつは過剰に反応して叩きまくるネット人種がいるから。もうひとつは、社会が規範としている一線があるからだ。規律と謙虚さと顧客への礼節。とくに食品が相手の場合は安全への周到な配慮。これらが侵された場合に社会は敏感に対応し制裁をくだす。

若者が手持ちの材料だけでその状況を想像できるのか。まずほとんどの者がそれをできる。日ごろから規律と礼節、安全への配慮といった社会行動を自然に目撃していればだ。

その想像ができない者も、年齢を問わず一定数存在する。バイトテロリストに若者が多くて大人のサラリーマンが少ないのは、後者が組織内で有形無形の規範に縛られ、過剰なほどの相互監視にさらされているからだ。

■想像して教える

大人の側では、もうひとつの想像力を必要とする。「この者たちにどう教えたら、していいことと悪いことの区別をわかってもらえるか。ひいては、彼らの意識の中身がどれだけケタ違いに自分とズレているのか」を推し量る想像力だ。

両者の意識状況には大きなギャップがあるから、間をつなぐのは、なみたいていのことではない。思いきり想像力を発揮し、彼らの頭の中を垣間見るほどのことができなければ。

一片の通達文で「これこれのことは、やっちゃいけません」ではなにも解決しない。行為の結果、どんなに損するか(社会が、顧客が、企業が、なにより自分自身が)、結果の悲惨さを体感的に教えることだ。これは再現ビデオのようなリアルさを必要とする。なにしろ想像できていないんだから。

教材メーカーも動いてほしいし、店舗の運営者やコンプライアンス担当者は、想像力を発揮して教え方を考えてほしい。

(あもうりんぺい)

いまどう動くのか3-アンテナという競争力(下)

アンテナという競争力 上編はこちら

結婚披露宴の待ち時間、男子二人の会話が続く。

栄太「おまえの言うアンテナって、どう役に立っているんだ。気に入った情報をメールかなにかで社内にばらまくって、それだけの話だろう」

備伊夫「それだけの話だが結果が出ている。たとえば、ある商品の市場が先細りになることを予測して、2年がかりで撤退作戦を進めた」

栄「2年がかりってどういうことだ。悠長な感じだが」

備「あの商品のときは、それが最善だった。消費者や流通に迷惑をかけないための段階的減産、生産ラインの縮小、代替商品の開発を並行してやった。時間をかけてソフトランディングさせたんだ。競合各社では、市場縮小が一気に来るまで気づかないで、かなりの損失を出したようだが」

栄「逃げるのに役立つんだ」

備「消費者心理の変化を読んで、新商品の企画につなげたこともある。おまえもよく知っているやつだ」

栄「ああ、あのヒット商品。でもそんな魔法みたいなことができるのか。ただのアンテナで」

備「いや、魔法の杖を振ったら新企画がポロリと出てくる、なんてことはない。アンテナは過去の事実をかき集めているに過ぎないんだ。未来へのビジョンは人間の頭から出てくる。そこでアンテナはふたつの大切な働きをする。ひとつは気づきを与えること。ふたつめは、企画に自信や裏付けをつけてくれることだ」

栄「まあ、自信があれば動きやすいよな」

備「この《気づきと自信》が、組織の《いま、どう動くのか》にとって、かけがえなく大切なことなんだよ」

■やっぱり大切な多様性

栄「しかしそんなにいろいろな情報を拾えるものなのかな」

備「ひとくちに商品企画の仕事といっても、技術に特化した者もいるし、マーケ寄り、法制度寄り、デザイン寄り、いろんな能力のあるやつが部内にいることが前提なんだ」

栄「ウチではマーケもデザインも外注頼みだからなあ。まわりは似たようなやつばっかりだし」

備「一見すると部署の仕事に関係なさそうな、情報通信や財務でプロ級の者もいる。社会の雰囲気や人の好みといった定性情報のウォッチを続けている者もいる。そんな自分の分野を発信するのは当たり前だ。人の属性の多様性は組織力の根幹だが、アンテナひとつとっても言えることなんだ」

栄「そのへんはウチにもいなくはないが、発言しにくい雰囲気だし」

備「そういえばいま、まわりを見て気づいたことはないか」

栄「このホテルの?」

備「そう、椅子やテーブル。さりげなくメーカーのロゴが見えるようにしている。環境映像のテレビモニタの下にも、わざわざ別に作ったメーカーロゴを貼りつけている。さっき見たトイレの設備も、みんなそうだ」

栄「宣伝しているってことか」

備「ああ、格式を重んじるホテルにとっては危険な賭けだ。だがうまくやると、おたがいのブランドを高めることになる。おそらくほかにだれもやっていないし、報道もされていない。マーケ専門のおれにとっては見過ごせないんで、これは明日、アンテナメールにぶち込むネタだな」

栄「ふうん、そういう目で見るのか。おまえもけっこう変わったな」

■マクロ指標とトンガリ人財

備「経済の動向も大切だよ。景気指標、人口動静、為替やGDPといったマクロ指標の分析に強い者もいる。そいつはたまたまおれの部署にいるんだが、このレポートはヤバすぎるので、全社で共有することになっている。社外秘だから、おまえに見せてやるわけにはいかないが」

栄「そんな分析なんてできないし、できそうなやつもいないし…」

備「マクロ指標をナマで分析するのがたいへんなら、アナリストレポートも出回っているよ。有償無償でね。建設業界ならそれに合った分析をしてくれるアナリストもいる。それはおまえの会社のどこかでも利用しているはずだ」

栄「ならばそれで問題ないじゃないか」

備「そのかわり競合他社も同じレポートを目にしているから、それだけでは競争力の源泉にならない。ウチの椎井のレポートみたいに独自視点で、しかも会社に密着した分析とは違うんだ。椎井は仮名だがね」

栄「なんだよ仮名なんて、もったいぶるなよ」

備「強力なアナリストを擁していること自体が企業秘密だ。やつみたいに、とんがった人財を育て上げるのが競争力なんだよ」

栄「そんなすごい人がいるのか」

備「ああ。そのうち有名になって経済誌のインタビューを受けるほどになるだろう。学生の時代には個人のとがった能力なんて表に出ない仕組みになっているから、採用してから発掘して育てるんだ。おまえのところでもやっているか? そんな育成を」

栄「…」

■内部にもアンテナを張る

備「アンテナの対象は外部環境だけじゃない。いままで言わなかったが社内情勢や部内情勢もつかんで共有する必要がある」

栄「社長派と専務派が抗争しているとか、そんなやつか」

備「だいぶ違うな。保有技術と資産、人財と競争力、業績と見通し、方針の浸透、組織風土の変遷といったやつだ」

栄「おまえの部署が商品企画部だから、そんなアンテナとかが必要なんじゃないか」

備「アンテナが必要なのは商品企画みたいなチャラい仕事だけじゃない。管理部門でもどこでもすべてだ。《いま、どう動くのか》はどこでも共通の課題だ。現に当社では全部署でそれを持っている」

■アンテナがないという苦境

備「これではっきりしてきたが、おまえの会社とか部署は、アンテナがないんだ」

栄「ええと、広報部では新聞記事の切り抜きを作っていて、たしか新聞社からライセンスを買って社内に…」

備「それは会社全体の話だろう。会社の業種に即した話だけは拾えるかもしれない。だがおまえの部署の職種は、会社のとイコールじゃない」

栄「あのー、それなら、企画のプレゼン資料では『近年の動向はこうで』『最近もこんな出来事があり』とちゃんと語っているし」

備「おまえの社内のだれかの資料だよね。どうやってその近年うんぬんを調べたんだ」

栄「どうやってって、知らないけど」

備「ほら、情報が個人ごとにばらばらで、いちいち調べた努力が個人で消費されているだけだ。なんと非効率な」

栄「悪かったな」

備「アンテナというより組織にとっての五感なんだよなあ。見る聞くさわる味わう嗅ぐ。そういったものにすっかりフタをしておいて、どうやって企画が当たるんだ。どうやって成長の方向をさぐり当てるんだ」

栄「さぐり当てるって…」

備「へーえ。ないんだアンテナ。めっずらしいなあ、いまどきぃ」

栄「そうなんだよ! どうしようもない会社なんだよ。ってオレ、なんか追い詰まってるのかな……あ、あそこ! 詩織だ!」

備「お、われらが花嫁のお通りだ。着付け室から控え室への移動に出会えたというのは、今年いっぱい運がいいということだぞ、おれら」

栄「きれいだな、詩織」

備「きれいなだけじゃない。まさか詩織に、あんなとんがったマクロ分析ができる頭があったとは、学生のころはわからなかったなあ。…いかん、企業秘密をばらしてしまった」

栄「仮名の椎井さんて…」

備「くっそー、もっとアタックしておくんだった」

栄「おまえのアンテナが足りなかったんじゃないのか」

あもうりんぺい

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