タフかウブか(3)フィンテックの勝者

講師「みなさん、第1回第2回に引き続き株式投資の話です。前回積み残した質問はあとで受けますね。

今日は当社のアナリストとプログラマを登場させます。まずアナリストから、投資アルゴリズムのシミュレーションについて説明します」

アナリスト「こんにちは。これはアルゴリズムのテストをして開発に役立てる仕掛けです。と同時に教材でもあります。アルゴリズム間の競争がどういうものか、画面でみなさんにも実感いただけます。続きはプログラマから紹介します」

■アルゴリズムが闘う土俵

プログラマ「投資会社3社の株式売買アルゴリズムを、このコンピュータに収めてあります。

本物のアルゴリズムは各社にとって競争力の源泉ですから、秘中の秘です。ただ市場におけるアルゴリズムたちの挙動をかき集めて分析すれば、ほぼ同じものが再現できます。それがこれです。

A、B、C社、それぞれのアルゴリズムをアリエル、ベティ、キャメロンと名づけておきます」

講「そろって女性名なのは、いまどきリスキーですけれどね」

■絵で見える勝負

プ「ヨコに時間軸をとります。水平に上中下と3本の直線が並んで、対応する各アルゴリズムの状況を表示します。

それぞれの直線の上下に、時間を追って棒グラフ状の矩形がたくさん伸びています。上側の矩形は買い、下側は売り。矩形は《タフかウブ》の5つの戦略要素に対応して赤橙黄緑青に着色されます。直線にまつわる茶色と紫の曲線は、保有残高と累積損益の推移を示します。

コンピュータ処理能力の限界もあり、時間の経過を大幅に引き延ばして、シミュレーション世界の1000分の1秒をわれわれは1秒で経験することにします」

講「ありがとう。画面を完全にクリアして、いよいよシミュレーション開始です。タフな展開になるはずですよ。私が画面の動きを逐一、解説していきましょう。みなさん注視してくださいね」

■三つどもえの勝敗は

講「はいスタート! さあああ三者見合って!

長い見合い合戦です。おおっとベティが不意打ちをかけた! 追ってアリエルがタダ乗りとブラフの複合攻撃で応じる。一瞬の裏読みのあと出てきたキャメロン! 両者のすきまをかすめ取る、かすめ取る。裏読み大当たり、残高と利益をどんどん積み増す。緒戦の勝利者はキャメロンかあ〜っ!

いや負けちゃいないぞアリエル、こんどは得意の複合ワザでタダ乗りと不意打ちを繰り出した。利益がじりじり増してくる。そこへ、な、なあーんと、ベティは不意打ちとタダ乗りというがっぷり四つで応じた。アリエル攻撃にダメージを受けて読みにまわっていた熟考派キャメロン、こんどは攻めあぐねたか、ワザが出てこない。どうしたキャメロン!

アリエルとベティ、四つを組んだままぐらりと傾く。そこへ漁夫の利をねらって出てくるキャメロン、うん、出てこない? …アリエルとベティ、くずれるくずれる、ほとんど同時に土俵の外に倒れこんだあ! あおりで下敷きになるキャメロン。みんな、うずくまったまま動かない〜。

三者が三者とも、累損を大きく広げたまま頓挫しています。リハーサルとはまったく違う展開だ。プログラマくん、これはいったいどういうことなんです!」

プ「それはですねえ実は…」

■崩壊

講「実はなんなんだ。ありえないだろ。すくなくともゼロサムなはずが、こんなことになるなんて。とんでもない裏切りだ。あああ私の中でなにかが崩壊している」

ア「大丈夫ですか講師。あ、あぶない、くずれ落ちてしまう!」

講「崩壊しているのは、私が長年育んだ《タフかウブ》の価値観だ。大地をゆさぶる雷よ、地球をすりつぶして真っ平らにしろ」

ア、プ「わけのわからないことを言ってないで。ささ、こちらでちょっと休んでください」

講「ううう、人が生まれて泣くのはなんのためだ。こんな阿呆ばかりの舞台に立ったことを悲しむためさ…」

■廃墟から立ち上がるもの

ア「みなさん失礼しました。私が代わって講演を続けます。…ちょっと待って! 廃墟のように静まり返ったこの画面に、かすかに立ち上がってくるものがある。ですが動きが緩慢すぎてよくわからない」

プ「時間スケールを変えて、シミュレーション世界の1日をわれわれの1秒にしてみます」

ア「見えてきました。また別のアルゴリズムのようです。直線の上下に展開する矩形は、いままでの原色と違って淡いパープルやチェリーピンク、ふわりとした中間調の色合いになっています。倒れ伏した三つのアルゴリズムを尻目に、すこしずつ保有残高と利益を積み増しています。

このアルゴリズム、利益自体には興味がないようです。利益を積むと、それをくずしてまた対象に投入する、という繰り返しです。いったいこれは…」

プ「ですからあの…実はこちらの方の」

■もうひとつの《タフかウブ》

受講者「私の?」

プ「ええ、あなたの。実は私、さっきまで受講者席の最前列に座ってシミュレーションの準備をしていました。すると隣でなにやらメモを書かれていたのが見えて。ちょっとそれ読んでいただけますか」

受「これはね、《タフかウブ》の、もうひとつの語呂合わせなんです。先生のは《タダ乗り、不意打ち、かすめ取り、裏読み、ブラフ》でしたよね。私のは《起ち上げ、フレンドシップ、解決、産み育て、文化》です」

プ「それを見ておもしろかったので、第四のアルゴリズムとしてシミュレーションに組み込んでみたんです。プログラム上はディアーナという関数名です」

ア「受講者の方、もうすこし説明をいただけるといいんですが」

受「先生の《タフかウブ》は戦略上の鋭い手法ですが、私は投資対象や投資局面に興味があったんです。こんな具合いですね。

タ:起ち上げ
志があり、ビジョンをもって企業を立ち上げる者に、投資で支援する。

フ:フレンドシップ
投資合戦は闘うばかりではないはず。市場も消費者も社会も揃って得をするように、おたがいが友好的に通じ合う。

か:解決
社会問題を解決するのが企業本来の目的。その志向を嗅ぎとって応援する。

ウ:産み育て
技術やイノベーションの芽を大事にし、孵化のために手を貸す。

ブ:文化
まともに経済活動をしていれば、すぐに価値観や美意識に突き当たる。それらと向き合い、醸成し、好ましい伝統を作っていく」

ア「なるほど、ありがとうございます」

■ディアーナは空気が読めない

プ「いま経過の分析をしているんですが。この第四のアルゴリズム、ディアーナは明白な特徴があります。ほかのアルゴリズムからの攻撃に強い。

他人にタダ乗りされるほどの大きな動きができない。不意打ちを受けても動揺しない、というか動揺という感覚がない。かすめ取りをかけようとしてもそんな俊敏さがない。裏読みされるような策がない。ブラフに対しても鈍いだけ。

恐ろしく空気を読めないということですね。ほかの三者は、このディアーナのKYさが理解できず、裏読みを重ねてぜんぶ外し、動揺を広げて自滅するばかり。結果としてディアーナだけ生き残ってしまった」

ア「三つのアルゴリズムは、タダ乗りやら不意打ちやらという同じような素材でできあがっている。だから叩き合いや喰い合いができた。でもディアーナは土俵が違った、ということですか」

プ「そういうことですね」

ア「おお講師、お目覚めですか。大丈夫ですか」

講「ええ、すっかり目が覚めてしまいました。どうやら私の《タフかウブ》は完敗してしまった。これからは受講者さんに教えられた《起ち上げ、フレンドシップ、解決、産み育て、文化》というディアーナのアルゴリズム、これでいきますよ」

ア「あれ講師、急に純朴になりましたね」

講「ウブに立ち戻りました。次の時代の価値観はタフかウブか。Tough or Naive。この選択を迫られているのかもしれない」

―了―

(あもうりんぺい)

タフかウブか(2)暗闘するアルゴリズム

はいみなさん、前回に引き続き、投資の話を続けましょう。午後の眠くなる時間帯ですが、そんな場合じゃないんですよ。いよいよ儲けの極意を知らせますね。

《タダ乗り、不意打ち、かすめ取り、裏読み、ブラフ》、これが極意です。以下順に説明します。

タダ乗り。人の動きに便乗して利益をいただく。
不意打ち。動揺を誘ってスキをつく。
かすめ取り。小さな動きを見逃さす、すかさず反応して利を取る。
裏読み。相手の動きの真意を推測する。
ブラフ。ハッタリや駆け引き。

わかりましたか。はい、じゃ次へ…

「先生、それだけじゃ、どう動いていいかわかりません。もっとすぐ儲かるように、詳しく教えてください」

そうですか。では今日は特別サービスで具体例を伝えましょうね。私ってなんて人がいいんだろう。

■取引で儲けるための5つの極意(?)

タダ乗り
大口投資家の動きに便乗する。それが買い気配なら、すばやく買っておく。値がつり上がって売りに転じたところで一気に売る。昔からそういうことはありましたが、いまはそれが1000分の1秒単位の勝負になっている。以下も同様です。

不意打ち
波風がないところへ、いきなり大きなディールを投げかけ、動揺を誘う。その結果、市場が高安どっちにころんでも、すばやく反応する準備をしておいて利を取りにいく。

かすめ取り
売り気配が出ると、瞬時の判断で買う。材料株なら割安で手にすることができる。それをテコに買い進んで小幅高に持っていったらただちに売って、利をかすめ取る。

裏読み
ライバルは不意打ちやブラフを仕掛けてきます。それがどんな意図で、なにを誘いだそうと思っているのか。そこまで読み取って裏をかく。単純反応はいけません。それが裏読みです。

ブラフ
売ると見せて買う。買うと見せて売る。なにもないところへ特定業種に売りを浴びせて、なにか材料を持っていると見せかける。バクチの駆け引きですね。

これらができた者が勝つ。受講者のみなさんは投資家、フィンテックのスペシャリスト候補、プログラマ、いろいろですが、みんなこれがちゃんとできるように精進しなければなりません。

■タフかウブ

「先生、タダ乗りなんとかって五つも並びましたが、これ覚える語呂合わせはないんですか」

いやべつに暗記しなくてもいいんですが。当サイトはやたらと語呂合わせに走りますね。…まあ、しいて言うならば《タフかウブ》になりましょうか。五つの頭文字を順に取って。

「先生先生、タダ乗りは他人が売りなら自分も売り、かすめ取りは売りなら買い。矛盾していませんか」

いい質問ですね。こういうことです。

同じ売りでも裏の意図がある。売りが続くのか支えるのか、市場がどう乗ってくるかをすばやく判断して、どちらに動くかを決めるわけです。

相手もそうやってくるから、ますます情勢は変化する。だから似た局面でも売り買いどちらが正解かはわからない。それが1000分の1秒よりもっと短い時間で起こる。このへんがまさに人工知能の戦いとなるわけです。

■アルゴリズムが勝負を決める

これでイメージできたんじゃないでしょうか。機関投資家各社のシステムでは、それぞれのアルゴリズムが動いている。市場では、アルゴリズム同士が激突していて、瞬間ごとに勝者と敗者を決めています。

「アルゴリズム?」

アルゴリズムとは、《課題解決の手順》のことです。投資のシステムでいうと《市場でライバルに打ち勝って儲けること》が課題です。ではその解決手順とは? 前回のネイサン・ロスチャイルドの話を例にしましょう。

自分はワーテルローの勝敗に関する情報を手に入れやすい立場である。このことは市場で知れ渡っている。そこへナポレオンが負けた。実際自分だけがそれを知っていて、あと1日間は、ほかのだれにもその情報が伝わることはない。

その情勢のもとでは
《大きく売りに出て、ナポレオンが勝ったと市場に思わせ、売りの雪崩を誘う。相場が下がりきったところで買い占めに転じ、あとで値上がり益を手にする》
というのが、ネイサンが立てたアルゴリズムなわけです。

世の中にはナポレオンだけでなくクリントンもトランプもいますし、社会も市場も複雑に変動しています。それらすべての情勢に対応して、いつでも勝ちを収めるためには、膨大な量のアルゴリズムが必要なことはわかるでしょう。

さっき挙げた《タダ乗り、不意打ち、かすめ取り、裏読み、ブラフ》が、それぞれ代表的なアルゴリズムからさらに要素を抽出して示した、一種の見本集であることも気づかれたかもしれません。ネイサン・ロスチャイルドのアルゴリズムにも、不意打ちやブラフの要素がちゃんと組み込まれていることを指摘しておきます。

アルゴリズムは抽象的な手順です。システムの世界では、このアルゴリズムを目に見えるようにし、機械に理解できる言葉に置き換えたものが《コンピュータ・プログラム》というわけです。

プログラムに仮託されたアルゴリズムが、巨艦なハードウェアと俊足な通信線を身にまとい、市場に参戦する。そこには同類がひしめいており、見えない世界で日々(1000分の1秒単位で)暗闘がくりひろげられている。そんなイメージをしておけば、だいたい合っているでしょう。

「先生、《タフとウブ》についてすこし考えてみたんですが」

質問ですか。なにかメモを手にされて。けっこう時間がかかりそうですね。ちょっと時間がないので次回にお願いできますか。すみませんね。

当社のプログラマが、あるシミュレーションを用意してくれたので紹介します。次回に。

(あもうりんぺい)

タフかウブか(1)ロスチャイルドの1000分の1秒の速馬車

「みなさんお待たせしました。では投資の先生にお話をうかがいます」

■ワーテルローのもう一人の勝利者

こんにちは。いまご紹介にあずかりました講師です。

いきなりですが200年前の、ナポレオン軍対イギリス・オランダ軍の「ワーテルローの戦い」から始めましょう。ロンドンの市場はこれに大注目していました。ナポレオンが勝てば英国債は暴落し、負ければ高騰するからです。

当時ネイサン・ロスチャイルドという人がいて、これはすでに有名な投資家です。ヨーロッパ中に情報網を持っていて、300kmも離れた戦場の情報を手にしやすい人としても知られていました。

戦いの当日、彼は憔悴した姿で市場に現れ、国債に売りをかけます。これを見て、ナポレオン勝利の情報をネイサンが得たのだと確信した人々は、こぞって売りに走る。

そうして相場が下がりきったところでネイサンは猛然と買いに出て、多量の国債を底値で手にする。その後で「ナポレオンが負けた」という情報がおおやけになり、国債が高騰して彼は大儲け。

■富豪が手にしていた巨大な情報インフラ

当時の長距離情報網は、輸送網と合致します。大商人のネイサンは実際、だれよりも早く、政府よりも早く、勝敗の結果をつかんでいました。

速馬車を短距離疾走させ、つぎつぎバトンタッチする。場所によっては沿道に多数の人を配置し、のろし(狼煙)で情報をつなぐ。どれも用意周到な物量作戦です。これによって政府が馬で運んだよりも1日ほど早く、情報を手にできたわけです。

こうやって得た勝敗の情報ですが、それをもって直接買いに出るのではなく、いったん売って相場を下げ、ほとんどの利益をさらってしまうという作戦を立てたのです。

世界的大富豪のロスチャイルド家がその基盤を固めることになる、「ネイサンの逆売り」として知られる事件です。 ― 細部まで史実かどうかは諸説ありますが。

ポイントをひとつ。ネイサン・ロスチャイルドが戦いの結果を得てからまだしばらくの間は、ほかのだれもその情報を手にできない。この読みがあって初めて、成立する作戦であるということです。覚えておいてください。

■ロボットがうごめいている

時代は下って現代。リーマンショックをはさみながらも盛んになってきたのが、高頻度株取引《HFT》です。

いま大口機関投資家の株取引は、大部分がロボットによって行なわれています。ロボットというと、空き缶に手足をつけて目玉がぴかぴか光っているような。あれが大勢集まって、身振り手振りといっしょに叫びながら株を取引している。そんな光景ではないわけです。

ロボットはコンピュータそのもの、あるいはその中を自律的に動き回るソフトウェアのことです。これが相場情報を参照し、すばやく反応しながら1000分の1秒単位で売り買いをくりかえす。それがHFTです。コンピュータの性能、ソフトウェアの機能が、投資効果という名前の勝敗に直結していきます。

もうひとつ大切なのが通信回線です。回線の品質によって通信速度が違います。また取引所と自社の間の距離によっても情報遅延が違う。

■1000分の1秒のための物量大作戦

2009年。スプレッド・ネットワークスという会社がニューヨークとシカゴの間に光ケーブルを敷設しました。シカゴは金融取引の中心地です。

同じサービスはたくさんあったのですが、同社が目指したのは既存のものより1000分の1秒から1000分の3秒ほど早く情報が伝達できること。この差別化で10数倍の料金を徴収できる。それぐらい、HFTにとって1000分の1秒という時間差が死命を制するものであるわけです。

スプレッド社がケーブルを敷設したときは、既存の鉄道沿線のものにくらべて通信の時間差をかせぐため、できるだけ直線状のルートにした。そのため巨額の土地使用料という投資をしていますし、山脈を越えるときはトンネルを掘り抜いています。

またライバルに気づかれないように敷設を進めました。トンネル貫通のための爆破工事も秘中の秘のスパイ大作戦。敷設費の総額は2億ドルほどといいます。

■速度という基盤の上に

言っておきますが、これらは基本的に事実です。ロスチャイルドのくだりは有名だし、スプレッド社の話もネットで確認できます。

なにしろ当サイトは、突然宇宙人らしきものが現れたり、空から巨大な玉が降りてきたり、ウソばっかり書いていますから、こうやって断っておかないといけません。珍しいんですよ、ヨタ話でも意見でもない話は。

すこし意見を加えておきます。《ネイサンの逆売り》は1日のタイムラグを争った。《HFT》は1000分の1秒。時間のスケールはすこし違いますが、本質はまったく変わっていません。他者よりすこしでも早く情報を手にする。あるいは限られた時間に売り買いをくりかえす回数をかせぐ。

それには膨大なインフラ投資が伴います。そして速度という基盤の上に、知略を投じて最終的には勝ちに持っていく。

それでは、こんどはどのようなソフト戦略が勝負を決めるのか。これはかなりタフな話です。次回に取り上げましょう。ご清聴ありがとうございました。

(あもうりんぺい)