コンプラ不況(1)―断裂―

「やれ法令遵守だとか内部統制だとか、あんたらが騒ぐから仕事がやりにくくなるんだよ」
「規則キソク規則で、営業の足をひっぱることしか考えていないのかねえ。この不況はコンプライアンスに力を入れすぎたせいだね」

こういった声は、2007年施行の金融商品取引法で新たな内部統制の枠組みが示されたころから勃発した。いまはすこし沈静化しているが、なくなったわけではない。

冒頭のような不満は根拠があるのか。コンプラ不況は実際にあるのか。ここで筆者の見解を述べておこう。

「そのとおりである」

もし事業活動の足をひっぱるように見えていれば、そのコンプライアンスなり内部統制なりのほうが悪い。残念だが、実際に足をひっぱるような場面はよく目にする。

■「重箱の隅」型監査

「内部監査の結果を知らせます。書類の細目の、ほらここが抜けてますよ。それからこっちにハンコが押してない。気をつけてもらわないと」
「事故った? だから言わないこっちゃない。リスクだと指摘しておいたじゃないか。ほら見なさい。○○年○月の監査でさ」

内部監査の現場を見ると、細かなルール違反やちょっとした手落ちを指摘して鬼の首を取ったように騒いでいることがある。

細かなルール違反もケアしなければならないことがある(次回言及)が、それだけでは監査の目的を達したとは言えない。「それだけだ」と思っている監査人がいるのが問題だ。人には狩猟本能というものがあって、不備をみつけるのが達成感につながる?といった恐ろしい状況も考えられる。

■「なんでもリスク」型監査

一方で、リスクをやたらと並べたてる傾向もある。なるべく指摘を多くしておいて、なにかあったときに監査人の責任を回避するためだ。

リスクがあると言い放つのは簡単だ。だかこれには大きな弊害がある。あることないこと並べたリスクの中には、本来は放っておいていいものも多い。それにいちいち対応するのは現場のたいへんなコストになる。全国でそんなことが起こっていたら、まさにコンプラ不況だ。

被監査部門と監査部門の意識の断裂。監査部門の行動と本来の監査目的の断裂。では、どうすればいいのか。
次回へ。

(あもうりんぺい)

なぜ儲けるのか(2)

■儲け話が止められない

いまだに企業の最終目的を「儲けること」と信じている人がたくさんいる。企業人ばかりではなく経営の専門家でもそうだ。たとえばエリヤフ・ゴールドラット『ザ・ゴール』にも、はっきりそう書いてある。(この書は示唆に富む名著だが、いろいろ問題も多い。)

もうすこし、もってまわった言い方である「企業価値の最大化」も、「儲ける!」と同じ話だ。企業人があくせく働いて、企業価値を最大化(=株価を最大化)させ、投資家に奉仕するだけという構図だ。企業の最終目標がこれだという思い込みがある。

もともとは、投資家におもねって資本を集めたいという意図からだったのだろう。また投資家からも刷り込みがあった。企業の最上位の方針の中に、恥ずかしげもなく「企業価値の最大化」と書かかれているのをよく目にする。

なぜ、儲け話を止められなくなるのだろう。組織も個人も、それぞれにその原因をはらんでいる。兆というカネを動かす富豪にもCEOにもなったことがないので推測まじりだが、以下のことが考えられよう。

■組織が儲けを止められない理由

・企業が大きくなると、加速度的に多くの売上、多くの利益を求めるようになる。これは規模の拡大を善とみなす組織の構造的な問題だ。

・企業が大きくなると、構成員の質が変わってくる。「個人の安定を求める」といえばまだ聞こえはいいが、企業の蓄積を食いつぶすことを目的にしたような者が入社してくる。この流れは止めにくい。

・前述した、根拠もなければ歯止めもない価値観「企業の目的は儲けること」「企業価値の最大化」が刷り込まれている。背景に黒々と横たわるのが株主資本主義だ。

■個人が儲けに走る理由

・人は成績の数値に弱い。底辺に住む人にとって「稼ぎ」は生存のための営みだが、余裕のある人にとっての稼ぎは抽象的な数字だ。稼げば稼ぐほど、財産目録の数字肥大化に狂奔するようになる。

・権力には魔力がある。蓄財のステージが上がるごとに、持てる権力もふくらみ、さらにこれを求めるようになる。

・消費には魔力がある。いったん手にした生活水準は手放せないし、さらに上を求めようとするのは庶民でも金持ちでも同じだ。

■その消費の話だが

金持ちはしばしば、上限のない消費に走る。アラブやロシアの大富豪、新興国の専制的国家元首がよくやる行動だ。

純金のベンツ、自家用ジャンボジェット、一回のバカンスで使うお金が6800億円(注:6800万円ではない。6800円でもない)。ちなみに「金持ちが散財すれば、それだけ庶民も潤う」という説(≒トリクルダウン理論)を筆者は支持しないし、この説は学術的にも証明がない。

その一方で、部長クラスの家に住み、ホンダ・アキュラTSXに乗り、夏はTシャツ・冬はパーカーで過ごしながら5.5兆円の寄付をする世界屈指の大富豪(そう、ザッカーバーグ)もいる。

■看板を見直す

後世の歴史家は、20世紀後半を「儲けが止められなかった時代」、21世紀を「その潮目が変わった時代」と定義するかもしれない。潮目を見てほしい。あなたの組織の看板にある「企業価値の最大化」を、すこし見なおしてみてほしい。ほかにもっと、やることがあるはずだ。

(あもうりんぺい)

なぜ儲けるのか(1)

フェイスブックの創立者、マーク・ザッカーバーグ氏が5.5兆円の寄付を決定した。マイクロソフト創立者のビル・ゲイツ氏も以前から寄付活動に熱心で、先般も来日しておおいに話を盛り上げた。ともに2015年12月。これはどういうことなのか。筆者のまわりの声を拾ってみた。好意的な意見が圧倒的に多かったが、なかにはこんな話も。

「儲けすぎだからねえ。そのままじゃ憎まれちゃうよ。寄付は免罪符だろう」

「もっと名誉が欲しいとか。ただ儲けるよりも、寄付したほうが立派な人だと思われる。偽善という言葉もあるよね」

「そりゃ税金でしょ。アメリカじゃ、寄付すれば税金が安くなるっていう」

「キャッチ&リリースみたいだ。魚を釣って食べずに放す。カネを儲けて使わずに放す。なら、最初から釣らなくていいんじゃないの」

キャッチ&リリースは、いい例えかもしれない。だが最初から釣らないほうがいいとは思わない。なにかいいことをするとすぐ「名誉が欲しいんだろう」「偽善だ」と言いだす人がいるが、それに負けないのが勇気と信念だ。税金と免罪符説については、あとで言おう。

■ビジネスは望ましい集金装置

当サイトの基本コンセプトのひとつに「企業は、その本業で社会貢献をすべきだ」というものがある。良質な製品やサービスを適価で供給すること。雇用を確保すること。税金を納めること。これを真正な手段で、悪影響を最小限にして履行する限り、企業は社会貢献していると言える。しかしそれでも儲けすぎてしまったときは、どうするのか。

ビジネスは、社会で最も多くのカネが動く仕組みだ。これを利用して、企業活動で得た利益を社会に還流させる。みんなが上手に運用すれば、社会、とくに底辺のための大規模な集金装置として働かせることができる。資本主義が根源的に内蔵している格差問題に対して、小さくない規模で補正を施すことができるのだ。

筆者はザッカーバーグ決定を、歴史的に重要な事件と捉えている。「ソーシャルビジネスがなくなる日」で言った「胎動」が、目に見える潮流になってきている。その好例だ。5.5兆円の寄付を免罪符といって片付けられるだろうか。

■その意義が立証されていく

ザッカーバーグ氏が寄付する相手は慈善団体ではない。みずから設立した企業体(LLC)だ。このことが疑惑を呼んだ。手のこんだ節税対策ではないか。しかし節税対策なら、財団の慈善団体を設立して寄付するのが米国でのセオリーだ。あえてそうしなかったのは、「自分の意思で寄付金の投入先を決めるため」と氏は述べている。

氏らの企業体、Chan-Zuckerberg Initiative は、利益を生み出しながら、社会的意義のある活動に資金を供給していく。そうするとこれはもう「ソーシャルビジネス」そのものだ。前掲「ソーシャルビジネスがなくなる日」で述べた、すべての企業が当たり前に目指すべき姿に近づくことになる。金額に大小はあるにしても。

疑惑や憶測の背景には「人は自分の利益だけのために突き進むものだ。5.5兆円を寄付する人間だって例外ではない」という固定観念があるように思えてならない。いずれにしても、ザッカーバーグ氏の資金をめぐる動向は、社会の厳しい監視を受けることになる。そこまで計算して踏み切ったこの寄付行動は、やがてその意義が立証されていくだろう。

(あもうりんぺい)

photo: creative commons 2.5

創造的なんだけど

研究者「先生、私の研究、続けてもいいんですよね」

先生「それが難しくなってきた。上の人たちがストップをかけているんだ」

研「なぜですか。私はこの研究で、病気の人を助けたいんです」

先「いいかヤスコくん。自分の力を過信してはいけない。たしかに日本の研究者は優秀だ。だがそれはノーベル賞に近いような超一流の人たちであって、数はひと握りなんだ。私たち中堅の能力は、実は低い」

研「え、どうしてですか」

先「一流の研究者には、国によらず共通性がある。ずばぬけた創造性と生真面目さが一緒にあるところだ。ところが中堅になると国の違いがある。欧米の中堅は、創造的だけれども、いい加減な人が多い。私たちは、創造性がなくて生真面目だ」

研「私も、ですか」

先「ああ。日本人だって創造的なんだけど、それが発揮できていない。無理もないだろう。教科書に書いてあることが正しくて、それを憶えなさい、と言われ続けてきたんだ。議論したり、自分で考え抜いたりといった教育を受けてきた人たちとは違う」

研「海外の研究者って、とんでもない発想を平気で論文にしたりしますよね。実証なんてほとんど抜きで。そのへん日本だと、まず教授陣が硬い…」

先「日本では正確さにこだわるから、ユニークな研究は査読で落とされる。世の中にないものを創り出そうとしているのに、前例主義みたいな物差しを当てられてしまう。私たち中堅に、創造的な研究ができるなんて思わないことだ。そのかわり、給料をもらって目立たず生きていくことができる。恵まれた立場を大切にしないとな」

研「でも先生。私はどうしても病気の人の役に立ちたいんです。もうすぐ、研究が完成するんですよ」

先「ヤスコくん、はっきり言って君の研究手法はかなりズサンだ。大きいことを任せるには心もとない」

研「それは認めます。まだ勉強中ですし」

先「もうひとつ言っておこう。研究成果があまり役に立ちすぎるのも良くない。どこかから圧力がかかってくることがある。病気がなかなか治らないから、それで得する人たちもいるんだよ」

研「なんのお話ですか。まったく意味がわかりません」

先「言っても無駄なようだな。どうしても考えを変えないなら、ひとつ方法がある」

研「なんでしょう」

先「私たちの研究所ではいま、文科省の予算を取るために、すこし注目を浴びたいと思っている。客寄せパンダみたいな研究が必要なんだ。君の研究をそれにあてるといえば、上のほうも納得するかもしれない。見たところ顔もパンダに似ているしな」

研「よくわからないけど、それでやらせてください」

先「ああ。だがしばらくは、はっきりした成果は出すな。研究の世界では注目される必要があるが、世間一般では目立ちすぎるな。暴走してはいけない。わかったね」

研「わか…りました。暴走…ですか」

(この物語はフィクションである)

(あもうりんぺい)

のにトーク・ピッカー

友達の童間は、モノづくり系のオタクだ。いつでもどこでも作戦にとりかかれるようにツナギの服を愛用している。その胸ポケットから、名刺入れぐらいの箱を取り出してきた。

「なんだそれ」
「名づけて、《のにトーク・ピッカー》」
「…?」

童間「いいかアモウ。おれは気づいたんだが、世の中には《のにトーク》というものがある」

天生「のにトーク?」

童「職場で、こんな会話を聞いたことがないかな。『この書類の書き方、面倒よね。もっとこんなふうにすればいいのにねえ』とか、『この製品、苦労して官庁に売り込んでるみたいだけど、家庭用にして売ればいいのに。そうよねえ』とか」

天「つまり《のに》で終わる会話か。そういうのはあるな。ランチのときとか、廊下の立ち話とかで」

童「トイレやパウダールームでも。あと密度が高いのは給湯室だ。『OLのウワサ知ってる給湯器』なんて川柳があるぐらい。(調べたけどすみません、詠み人知らず。)
あちこちで展開されている《のにトーク》は、会社にとって改善ネタの膨大なライブラリだったりする。これが人知れず言いっぱなし、聞きっぱなしで給湯室のシンクから流れ落ちてしまうのは、いかにももったいない」

天「なるほど」

童「そこでこのピッカーを作った。まだ試作機だけどね。最初は給湯器として開発しようとした。だが重すぎて、運んでいるうちに腰を痛めた。だから手のひら大のサイズにしたんだ」

天「ああ、小さくして正解だったようだ」

童「さっき言ったいろんな場所に、これをさりげなく貼りつけておく。マイクから拾った音を高速度で解析して、のにトークだけを抽出。その場でWiFiを使ってサーバに収集する。これを設置した会社は、強力な改善ネタ集を手にすることになるぞ」

天「あのなあ童間。そんな盗聴まがいのことをしていいのか。捕まるんじゃないのか。それならもっと、そういった人を集めてインタビューするとか」

童「わかってないな。のにトークは1回限りですぐ忘れる。パウダールームや給湯室といった、オジサンのいないリラックスした場所でないと出てこない。それに盗聴なんていうけど、これは《いいこと》なんだ。声紋で声の主はすぐわかるから、本当に役立つアイディアは表彰すればいい」

天「そんなにいいアイディアなら、会社にちゃんと提案しなさいって言えば」

童「のにトークをする人たちは、正式な提案活動につなげようという気持ちがないんだ。性差別するわけじゃないが、女性の一般職の人に多い。彼女らは能力のわりに低い地位に置かれていて、改善とか提案とか、そういったことを期待されていない」

天「じゃ、期待するようにすれば」

童「もし提案しても、受け取る側の上司に偏見があるから、つぶされるのがオチ。出世もハナからあきらめていて、だから給湯室での《〜のにねえ》で、言いたい気持ちを発散させて、それで終わりなんだよ」

一週間後、「童間が寝込んでいる」というウワサを耳にした。お見舞いにいくと、なんだか魂が抜けたような童間がいた。あの試作機をバイト先の会社でひそかに使ってみたらしい。彼の重い口から出てくる話をつなぎ合わせると、こんなふうになる。

まだアルゴリズムのバグが抜けきれなくて、だいぶノイズが入った。《のにトーク》以外の、かなりの量の内緒話、ウワサやゴシップが収集データに混ざりこんだということだ。それを聞いているうちに、会社の中の上と下、人と人、表と裏の、やりきれないほどの《真実》を知らされて、それが童間のナイーブな感性を直撃していった…。

(あもうりんぺい)