ナッツ・リターン 自分満足が引き起こした悲劇に判決

「あんた、ナッツじゃないの!?」

と英語で言えば、「頭がおかしい」「ばかげている」という意味だ。由来不明だが、木の実が小さく硬いところから、「こり固まったバカ」といったイメージによるのかもしれない。

そういう含意で名付けられた「ナッツ・リターン事件」はだいぶ前のことだが、記憶されているだろうか。このたび(2017年12月)韓国の最高裁で結審し、大韓航空の副社長だったチョ・ヒョナ被告は懲役10カ月の執行猶予付き有罪が確定した。

■ナッツ・リターンとは

2014年12月、チョ副社長は大韓航空機にファーストクラス乗客として搭乗していた。

客室乗務員が提供したマカダミアナッツが皿に盛りつけられておらず、袋のままだったことに激怒し、チーフパーサーを飛行機から降ろすことを要求。地上走行中だった同機の進路を変更させ、運行が遅延した。

このため航空保安法違反等に問われ、一審では懲役1年の実刑判決が言い渡されていた。

■発端はささいなできごと、なのか

会社側の対応も悪かった。ナッツ姫ことチョ副社長をかばうため証拠隠滅や関係者の懐柔を図り、社内から逮捕者も出た。

報道ではしばしば「ナッツの出し方という実にささいなできごと」とされて発端部分がスルーされる。その後の会社側の対応にからめて「危機管理の甘さ」や「財閥一族の傲慢」に論を進めることが多かった。

もちろんそれらも大切なのだが、当サイトではそうしなくて、「ナッツの出し方というささいなできごと」に着目する。

「この私に対して、皿に盛りつけるどころか、袋の封も切らずにナッツを差し出すとは!」といった感情であったろう。それは怒りを脇に置けば、事実としてCS(顧客満足)に関する気づきだったはずだ。

飲食物は食べやすい状態で提供したほうが乗客にとって快適だ。袋のままよりも、最初から盛り付けてあったほうが気分がいいに決まっている。

乗務員の手間というコストを考え合わせると、ファーストクラスとエコノミーではやり方が違っていてもいい。サービスのレベルで料金を変えているのだから、当然のことだ。

だいいちセレブは、樹脂の袋を小器用に破って中身をこぼさずに取り出すような能力が退化しているのが普通だ。(電気ドリルとグル―ガンを人生の友とする森泉さんは別だろうが。)

■怒る前にやることがある

チョ氏は怒り狂うかわりに、こんなふうに対応してもよかった。
ふとした気づきによって、旅行後にさっそく顧客満足の担当役員を呼び出して質問する。

・この客室乗務員の行為はマニュアルどおりだったのか。(後の報道によると、そのとおりらしい。)

・そうだとすると、このマニュアルの定めに再考の余地はないのか。

・ナッツに限らず、顧客満足に関する仕組みの整備に問題はなかったか。

・多少のうっかりやマニュアル不備があっても、顧客に尽くす思いがあれば満足は得られるはず。そのへんのマインド醸成はどうなっているか。

機会を捉えてこうしたやりとりを続けることで、業務の改善が進み、事業も安泰になる。ネタはナッツのかけらと同じぐらい、日常にころがっている。ナッツ姫は、そのささいなチャンスを逃した。

それだけではない。複数の客室乗務員に深い心の傷を負わせ、飛行機運行の遅延という、大きな《顧客不満足》を引き起こす結果になった。もともと顧客満足よりも自分満足だけが視野にあったのかもしれない。

こり固まった木の実のような自分第一主義が引き起こした悲劇。
ナッツ・リターンという言葉は「改善のチャンスを目の前にしながら、基本姿勢が悪いためにそれが見えず、顧客不満足と従業員不満足を起こし、評判まで悪くしてしまうこと」として心に刻まれた。

すべての当事者の更生を願う。

(天生臨平)

バイトテロにおける三つの想像力(下)

 

前編はこちら

■ふだんあまり考えない「想像」というものがある

想像とはなにか。経験や体感のできないことに対し、手持ちの材料だけで像を組み立て、擬似的に経験し体感することだ。

経験できない事象とは:
・まだ到来していない未来
・自分の手で作りあげる未来(創造的な意味で)
・自分の行為で招いてしまう未来(悲惨な意味で)(1)
・異国や異世界、異分野
・その他、現場に立ち会えない数多くのこと

体感できない事象とは:
・他人の思い
・とくに役割や立場を異にする人たちの思いや価値観(2)
・他人の五感(見る聞く触れる嗅ぐ味わう)
・将来や忘却の中の自分の五感、思い

(1)がバイトテロリストの、(2)がそれを許してしまう管理者の、それぞれ足りないところだが、ほかにもこれだけある。並べてみると、生きていくのに想像力がいかに大事か見えてくる。たくましく生きるにも、やさしく生きるにも、その両方にだ。

想像力を育てる教育は、表だってはあまりない。へたに統制的にそれがされると、かえって迷惑かもしれない。一方でいま、切実にそれが必要とされる状況と思われる。

世界中の戦乱や、身近で起きる凶悪事件。利益優先で客に毒を食わせる企業。それらはみな、人を思い社会を思う想像力を欠いたことが招いた結果のようだ。

■とんでもない事件が起こる前に

前編では、ふたつの想像力の欠如を取り上げた。
・自分がこれからすることの影響が想像できないバイトテロリスト
・バイトテロリストがどのような心持ちで大事をしでかすかが想像できない管理者

同じ時代、同じ社会に暮らしていながら互いの思いを想像できない。違うサイロに入り込んで、そのサイロだけが世界だと思っている。

前の時代とくらべたら、ネットがあるだけずっとつながりが強くなっていてもよさそうだが、そうではない。自分と違う世代、違う役割、違う文化の者たちがなにを思い、どう暮らしているかがわからない。つながりを得られないまま孤立化した魂が、互いに恐ろしいほどの距離をへだてて点在するという荒涼とした風景がある。

間をつなぐのは想像力という触手であり、間を満たすのが友愛という大気だった。それがいま欠けている。人を思い社会を思う想像力。これが第三の想像力だ。それを見つめ、ふくらませる必要がある。もっととんでもない事件が起こってしまわないうちに。

「バイトテロ、なんでそんなことやるの? まったく気がしれないや」とばかり言っていないで。

(あもうりんぺい)

バイトテロにおける三つの想像力(上)

店舗内の冷蔵庫に入り込む。流しに寝そべる。商品である食品をおもちゃにする。それを撮影してSNSにアップした結果、大炎上して客足が遠のく。

商品の撤去、消毒、売上減少など、1件あたりの被害額は数千万円にのぼる。閉店したコンビニや倒産に至ったそば店もある。大手チェーン店にとっても、風評被害は全国の店舗におよぶから損失は測りしれない。

これをバイトテロともバカッターともいう。(両者は多少違いがあって、言葉の意味からはバイトテロは行為者がアルバイトに限定されるが、ここでそんな細かい区別はしない。)

店舗の運営者や経営者にとって、この災厄はいつ起きるかわからないだけに頭の痛い問題だ。防ぐ手だてはないのだろうか。

バイトテロのための保険は、本格的なものとしてはまだない。携帯端末の持ち込みを禁止する職場もあるが、荷物チェックは徹底しきれるものではない。ではどうしたらいいのか。もっと根本からの解決策を考えてみよう。

■ほとんどは真面目なのだけど

いつの時代でも若者は軽はずみで、大人は融通がきかないというのがステレオタイプだ。だがほんとうにそうかというと、思慮深い若者や柔軟な大人だってたくさんいる。

はっきり言えるのは、バイトテロに走るのはごく一部の者であり、大部分の若者は正しく真面目に暮らしていることだ。筆者の若いころにくらべて堅実度や思慮の深さは確実にアップしているようなのだが、それは別の話だ。

ここでは、一部に過ぎないけれど絶大な破壊力を持ったバイトテロリストに光を当てる。以下、「若者は〜」というときは、問題となる一部の者のこと。たまたま行為者に10代・20代が多いのでそう呼んでおく。

■店が困ると思っていなかった

この行為をした者に動機を聞くと「友達に受けると思った」といった答が多い。「店を困らせよう」「社会を騒がせよう」といった動機はほとんどない。これはある意味深刻な話であり、店が困るとか社会が騒ぐとか、思ってもいなかったわけだ。

つまりどういうことか。この若者たちには、ひとつの想像力が欠けている。それは「この行為をすると、だれがどう損するか。ひるがえって自分にどう降りかかってくるか」を想像する力だ。

想像してみてほしい。ろくに社会経験がなく、コンプライアンスとか顧客満足とかにがんじがらめで萎縮しきった大人の世界を知らない。ところがメディアを操作し発信する方法だけは心得ている。発信した結果はどうなるか。

■想像できない者がいる

じつをいうと、冷蔵庫に入ったり流しに寝そべったりなんて、そんなにたいしたことじゃない。売り物である食品を直接おもちゃにするのは、これはかなり困ったことだ。だがそれですぐ客足が激減したり自殺者が出たりするほどのことか。バカな子どもが悪ふざけしました、ごめんなさいで終わりでもいいだろう。

それで終わらないのは、ひとつは過剰に反応して叩きまくるネット人種がいるから。もうひとつは、社会が規範としている一線があるからだ。規律と謙虚さと顧客への礼節。とくに食品が相手の場合は安全への周到な配慮。これらが侵された場合に社会は敏感に対応し制裁をくだす。

若者が手持ちの材料だけでその状況を想像できるのか。まずほとんどの者がそれをできる。日ごろから規律と礼節、安全への配慮といった社会行動を自然に目撃していればだ。

その想像ができない者も、年齢を問わず一定数存在する。バイトテロリストに若者が多くて大人のサラリーマンが少ないのは、後者が組織内で有形無形の規範に縛られ、過剰なほどの相互監視にさらされているからだ。

■想像して教える

大人の側では、もうひとつの想像力を必要とする。「この者たちにどう教えたら、していいことと悪いことの区別をわかってもらえるか。ひいては、彼らの意識の中身がどれだけケタ違いに自分とズレているのか」を推し量る想像力だ。

両者の意識状況には大きなギャップがあるから、間をつなぐのは、なみたいていのことではない。思いきり想像力を発揮し、彼らの頭の中を垣間見るほどのことができなければ。

一片の通達文で「これこれのことは、やっちゃいけません」ではなにも解決しない。行為の結果、どんなに損するか(社会が、顧客が、企業が、なにより自分自身が)、結果の悲惨さを体感的に教えることだ。これは再現ビデオのようなリアルさを必要とする。なにしろ想像できていないんだから。

教材メーカーも動いてほしいし、店舗の運営者やコンプライアンス担当者は、想像力を発揮して教え方を考えてほしい。

(あもうりんぺい)

タフかウブか(3)フィンテックの勝者

講師「みなさん、第1回第2回に引き続き株式投資の話です。前回積み残した質問はあとで受けますね。

今日は当社のアナリストとプログラマを登場させます。まずアナリストから、投資アルゴリズムのシミュレーションについて説明します」

アナリスト「こんにちは。これはアルゴリズムのテストをして開発に役立てる仕掛けです。と同時に教材でもあります。アルゴリズム間の競争がどういうものか、画面でみなさんにも実感いただけます。続きはプログラマから紹介します」

■アルゴリズムが闘う土俵

プログラマ「投資会社3社の株式売買アルゴリズムを、このコンピュータに収めてあります。

本物のアルゴリズムは各社にとって競争力の源泉ですから、秘中の秘です。ただ市場におけるアルゴリズムたちの挙動をかき集めて分析すれば、ほぼ同じものが再現できます。それがこれです。

A、B、C社、それぞれのアルゴリズムをアリエル、ベティ、キャメロンと名づけておきます」

講「そろって女性名なのは、いまどきリスキーですけれどね」

■絵で見える勝負

プ「ヨコに時間軸をとります。水平に上中下と3本の直線が並んで、対応する各アルゴリズムの状況を表示します。

それぞれの直線の上下に、時間を追って棒グラフ状の矩形がたくさん伸びています。上側の矩形は買い、下側は売り。矩形は《タフかウブ》の5つの戦略要素に対応して赤橙黄緑青に着色されます。直線にまつわる茶色と紫の曲線は、保有残高と累積損益の推移を示します。

コンピュータ処理能力の限界もあり、時間の経過を大幅に引き延ばして、シミュレーション世界の1000分の1秒をわれわれは1秒で経験することにします」

講「ありがとう。画面を完全にクリアして、いよいよシミュレーション開始です。タフな展開になるはずですよ。私が画面の動きを逐一、解説していきましょう。みなさん注視してくださいね」

■三つどもえの勝敗は

講「はいスタート! さあああ三者見合って!

長い見合い合戦です。おおっとベティが不意打ちをかけた! 追ってアリエルがタダ乗りとブラフの複合攻撃で応じる。一瞬の裏読みのあと出てきたキャメロン! 両者のすきまをかすめ取る、かすめ取る。裏読み大当たり、残高と利益をどんどん積み増す。緒戦の勝利者はキャメロンかあ〜っ!

いや負けちゃいないぞアリエル、こんどは得意の複合ワザでタダ乗りと不意打ちを繰り出した。利益がじりじり増してくる。そこへ、な、なあーんと、ベティは不意打ちとタダ乗りというがっぷり四つで応じた。アリエル攻撃にダメージを受けて読みにまわっていた熟考派キャメロン、こんどは攻めあぐねたか、ワザが出てこない。どうしたキャメロン!

アリエルとベティ、四つを組んだままぐらりと傾く。そこへ漁夫の利をねらって出てくるキャメロン、うん、出てこない? …アリエルとベティ、くずれるくずれる、ほとんど同時に土俵の外に倒れこんだあ! あおりで下敷きになるキャメロン。みんな、うずくまったまま動かない〜。

三者が三者とも、累損を大きく広げたまま頓挫しています。リハーサルとはまったく違う展開だ。プログラマくん、これはいったいどういうことなんです!」

プ「それはですねえ実は…」

■崩壊

講「実はなんなんだ。ありえないだろ。すくなくともゼロサムなはずが、こんなことになるなんて。とんでもない裏切りだ。あああ私の中でなにかが崩壊している」

ア「大丈夫ですか講師。あ、あぶない、くずれ落ちてしまう!」

講「崩壊しているのは、私が長年育んだ《タフかウブ》の価値観だ。大地をゆさぶる雷よ、地球をすりつぶして真っ平らにしろ」

ア、プ「わけのわからないことを言ってないで。ささ、こちらでちょっと休んでください」

講「ううう、人が生まれて泣くのはなんのためだ。こんな阿呆ばかりの舞台に立ったことを悲しむためさ…」

■廃墟から立ち上がるもの

ア「みなさん失礼しました。私が代わって講演を続けます。…ちょっと待って! 廃墟のように静まり返ったこの画面に、かすかに立ち上がってくるものがある。ですが動きが緩慢すぎてよくわからない」

プ「時間スケールを変えて、シミュレーション世界の1日をわれわれの1秒にしてみます」

ア「見えてきました。また別のアルゴリズムのようです。直線の上下に展開する矩形は、いままでの原色と違って淡いパープルやチェリーピンク、ふわりとした中間調の色合いになっています。倒れ伏した三つのアルゴリズムを尻目に、すこしずつ保有残高と利益を積み増しています。

このアルゴリズム、利益自体には興味がないようです。利益を積むと、それをくずしてまた対象に投入する、という繰り返しです。いったいこれは…」

プ「ですからあの…実はこちらの方の」

■もうひとつの《タフかウブ》

受講者「私の?」

プ「ええ、あなたの。実は私、さっきまで受講者席の最前列に座ってシミュレーションの準備をしていました。すると隣でなにやらメモを書かれていたのが見えて。ちょっとそれ読んでいただけますか」

受「これはね、《タフかウブ》の、もうひとつの語呂合わせなんです。先生のは《タダ乗り、不意打ち、かすめ取り、裏読み、ブラフ》でしたよね。私のは《起ち上げ、フレンドシップ、解決、産み育て、文化》です」

プ「それを見ておもしろかったので、第四のアルゴリズムとしてシミュレーションに組み込んでみたんです。プログラム上はディアーナという関数名です」

ア「受講者の方、もうすこし説明をいただけるといいんですが」

受「先生の《タフかウブ》は戦略上の鋭い手法ですが、私は投資対象や投資局面に興味があったんです。こんな具合いですね。

タ:起ち上げ
志があり、ビジョンをもって企業を立ち上げる者に、投資で支援する。

フ:フレンドシップ
投資合戦は闘うばかりではないはず。市場も消費者も社会も揃って得をするように、おたがいが友好的に通じ合う。

か:解決
社会問題を解決するのが企業本来の目的。その志向を嗅ぎとって応援する。

ウ:産み育て
技術やイノベーションの芽を大事にし、孵化のために手を貸す。

ブ:文化
まともに経済活動をしていれば、すぐに価値観や美意識に突き当たる。それらと向き合い、醸成し、好ましい伝統を作っていく」

ア「なるほど、ありがとうございます」

■ディアーナは空気が読めない

プ「いま経過の分析をしているんですが。この第四のアルゴリズム、ディアーナは明白な特徴があります。ほかのアルゴリズムからの攻撃に強い。

他人にタダ乗りされるほどの大きな動きができない。不意打ちを受けても動揺しない、というか動揺という感覚がない。かすめ取りをかけようとしてもそんな俊敏さがない。裏読みされるような策がない。ブラフに対しても鈍いだけ。

恐ろしく空気を読めないということですね。ほかの三者は、このディアーナのKYさが理解できず、裏読みを重ねてぜんぶ外し、動揺を広げて自滅するばかり。結果としてディアーナだけ生き残ってしまった」

ア「三つのアルゴリズムは、タダ乗りやら不意打ちやらという同じような素材でできあがっている。だから叩き合いや喰い合いができた。でもディアーナは土俵が違った、ということですか」

プ「そういうことですね」

ア「おお講師、お目覚めですか。大丈夫ですか」

講「ええ、すっかり目が覚めてしまいました。どうやら私の《タフかウブ》は完敗してしまった。これからは受講者さんに教えられた《起ち上げ、フレンドシップ、解決、産み育て、文化》というディアーナのアルゴリズム、これでいきますよ」

ア「あれ講師、急に純朴になりましたね」

講「ウブに立ち戻りました。次の時代の価値観はタフかウブか。Tough or Naive。この選択を迫られているのかもしれない」

―了―

(あもうりんぺい)

タフかウブか(2)暗闘するアルゴリズム

はいみなさん、前回に引き続き、投資の話を続けましょう。午後の眠くなる時間帯ですが、そんな場合じゃないんですよ。いよいよ儲けの極意を知らせますね。

《タダ乗り、不意打ち、かすめ取り、裏読み、ブラフ》、これが極意です。以下順に説明します。

タダ乗り。人の動きに便乗して利益をいただく。
不意打ち。動揺を誘ってスキをつく。
かすめ取り。小さな動きを見逃さす、すかさず反応して利を取る。
裏読み。相手の動きの真意を推測する。
ブラフ。ハッタリや駆け引き。

わかりましたか。はい、じゃ次へ…

「先生、それだけじゃ、どう動いていいかわかりません。もっとすぐ儲かるように、詳しく教えてください」

そうですか。では今日は特別サービスで具体例を伝えましょうね。私ってなんて人がいいんだろう。

■取引で儲けるための5つの極意(?)

タダ乗り
大口投資家の動きに便乗する。それが買い気配なら、すばやく買っておく。値がつり上がって売りに転じたところで一気に売る。昔からそういうことはありましたが、いまはそれが1000分の1秒単位の勝負になっている。以下も同様です。

不意打ち
波風がないところへ、いきなり大きなディールを投げかけ、動揺を誘う。その結果、市場が高安どっちにころんでも、すばやく反応する準備をしておいて利を取りにいく。

かすめ取り
売り気配が出ると、瞬時の判断で買う。材料株なら割安で手にすることができる。それをテコに買い進んで小幅高に持っていったらただちに売って、利をかすめ取る。

裏読み
ライバルは不意打ちやブラフを仕掛けてきます。それがどんな意図で、なにを誘いだそうと思っているのか。そこまで読み取って裏をかく。単純反応はいけません。それが裏読みです。

ブラフ
売ると見せて買う。買うと見せて売る。なにもないところへ特定業種に売りを浴びせて、なにか材料を持っていると見せかける。バクチの駆け引きですね。

これらができた者が勝つ。受講者のみなさんは投資家、フィンテックのスペシャリスト候補、プログラマ、いろいろですが、みんなこれがちゃんとできるように精進しなければなりません。

■タフかウブ

「先生、タダ乗りなんとかって五つも並びましたが、これ覚える語呂合わせはないんですか」

いやべつに暗記しなくてもいいんですが。当サイトはやたらと語呂合わせに走りますね。…まあ、しいて言うならば《タフかウブ》になりましょうか。五つの頭文字を順に取って。

「先生先生、タダ乗りは他人が売りなら自分も売り、かすめ取りは売りなら買い。矛盾していませんか」

いい質問ですね。こういうことです。

同じ売りでも裏の意図がある。売りが続くのか支えるのか、市場がどう乗ってくるかをすばやく判断して、どちらに動くかを決めるわけです。

相手もそうやってくるから、ますます情勢は変化する。だから似た局面でも売り買いどちらが正解かはわからない。それが1000分の1秒よりもっと短い時間で起こる。このへんがまさに人工知能の戦いとなるわけです。

■アルゴリズムが勝負を決める

これでイメージできたんじゃないでしょうか。機関投資家各社のシステムでは、それぞれのアルゴリズムが動いている。市場では、アルゴリズム同士が激突していて、瞬間ごとに勝者と敗者を決めています。

「アルゴリズム?」

アルゴリズムとは、《課題解決の手順》のことです。投資のシステムでいうと《市場でライバルに打ち勝って儲けること》が課題です。ではその解決手順とは? 前回のネイサン・ロスチャイルドの話を例にしましょう。

自分はワーテルローの勝敗に関する情報を手に入れやすい立場である。このことは市場で知れ渡っている。そこへナポレオンが負けた。実際自分だけがそれを知っていて、あと1日間は、ほかのだれにもその情報が伝わることはない。

その情勢のもとでは
《大きく売りに出て、ナポレオンが勝ったと市場に思わせ、売りの雪崩を誘う。相場が下がりきったところで買い占めに転じ、あとで値上がり益を手にする》
というのが、ネイサンが立てたアルゴリズムなわけです。

世の中にはナポレオンだけでなくクリントンもトランプもいますし、社会も市場も複雑に変動しています。それらすべての情勢に対応して、いつでも勝ちを収めるためには、膨大な量のアルゴリズムが必要なことはわかるでしょう。

さっき挙げた《タダ乗り、不意打ち、かすめ取り、裏読み、ブラフ》が、それぞれ代表的なアルゴリズムからさらに要素を抽出して示した、一種の見本集であることも気づかれたかもしれません。ネイサン・ロスチャイルドのアルゴリズムにも、不意打ちやブラフの要素がちゃんと組み込まれていることを指摘しておきます。

アルゴリズムは抽象的な手順です。システムの世界では、このアルゴリズムを目に見えるようにし、機械に理解できる言葉に置き換えたものが《コンピュータ・プログラム》というわけです。

プログラムに仮託されたアルゴリズムが、巨艦なハードウェアと俊足な通信線を身にまとい、市場に参戦する。そこには同類がひしめいており、見えない世界で日々(1000分の1秒単位で)暗闘がくりひろげられている。そんなイメージをしておけば、だいたい合っているでしょう。

「先生、《タフとウブ》についてすこし考えてみたんですが」

質問ですか。なにかメモを手にされて。けっこう時間がかかりそうですね。ちょっと時間がないので次回にお願いできますか。すみませんね。

当社のプログラマが、あるシミュレーションを用意してくれたので紹介します。次回に。

(あもうりんぺい)

タフかウブか(1)ロスチャイルドの1000分の1秒の速馬車

「みなさんお待たせしました。では投資の先生にお話をうかがいます」

■ワーテルローのもう一人の勝利者

こんにちは。いまご紹介にあずかりました講師です。

いきなりですが200年前の、ナポレオン軍対イギリス・オランダ軍の「ワーテルローの戦い」から始めましょう。ロンドンの市場はこれに大注目していました。ナポレオンが勝てば英国債は暴落し、負ければ高騰するからです。

当時ネイサン・ロスチャイルドという人がいて、これはすでに有名な投資家です。ヨーロッパ中に情報網を持っていて、300kmも離れた戦場の情報を手にしやすい人としても知られていました。

戦いの当日、彼は憔悴した姿で市場に現れ、国債に売りをかけます。これを見て、ナポレオン勝利の情報をネイサンが得たのだと確信した人々は、こぞって売りに走る。

そうして相場が下がりきったところでネイサンは猛然と買いに出て、多量の国債を底値で手にする。その後で「ナポレオンが負けた」という情報がおおやけになり、国債が高騰して彼は大儲け。

■富豪が手にしていた巨大な情報インフラ

当時の長距離情報網は、輸送網と合致します。大商人のネイサンは実際、だれよりも早く、政府よりも早く、勝敗の結果をつかんでいました。

速馬車を短距離疾走させ、つぎつぎバトンタッチする。場所によっては沿道に多数の人を配置し、のろし(狼煙)で情報をつなぐ。どれも用意周到な物量作戦です。これによって政府が馬で運んだよりも1日ほど早く、情報を手にできたわけです。

こうやって得た勝敗の情報ですが、それをもって直接買いに出るのではなく、いったん売って相場を下げ、ほとんどの利益をさらってしまうという作戦を立てたのです。

世界的大富豪のロスチャイルド家がその基盤を固めることになる、「ネイサンの逆売り」として知られる事件です。 ― 細部まで史実かどうかは諸説ありますが。

ポイントをひとつ。ネイサン・ロスチャイルドが戦いの結果を得てからまだしばらくの間は、ほかのだれもその情報を手にできない。この読みがあって初めて、成立する作戦であるということです。覚えておいてください。

■ロボットがうごめいている

時代は下って現代。リーマンショックをはさみながらも盛んになってきたのが、高頻度株取引《HFT》です。

いま大口機関投資家の株取引は、大部分がロボットによって行なわれています。ロボットというと、空き缶に手足をつけて目玉がぴかぴか光っているような。あれが大勢集まって、身振り手振りといっしょに叫びながら株を取引している。そんな光景ではないわけです。

ロボットはコンピュータそのもの、あるいはその中を自律的に動き回るソフトウェアのことです。これが相場情報を参照し、すばやく反応しながら1000分の1秒単位で売り買いをくりかえす。それがHFTです。コンピュータの性能、ソフトウェアの機能が、投資効果という名前の勝敗に直結していきます。

もうひとつ大切なのが通信回線です。回線の品質によって通信速度が違います。また取引所と自社の間の距離によっても情報遅延が違う。

■1000分の1秒のための物量大作戦

2009年。スプレッド・ネットワークスという会社がニューヨークとシカゴの間に光ケーブルを敷設しました。シカゴは金融取引の中心地です。

同じサービスはたくさんあったのですが、同社が目指したのは既存のものより1000分の1秒から1000分の3秒ほど早く情報が伝達できること。この差別化で10数倍の料金を徴収できる。それぐらい、HFTにとって1000分の1秒という時間差が死命を制するものであるわけです。

スプレッド社がケーブルを敷設したときは、既存の鉄道沿線のものにくらべて通信の時間差をかせぐため、できるだけ直線状のルートにした。そのため巨額の土地使用料という投資をしていますし、山脈を越えるときはトンネルを掘り抜いています。

またライバルに気づかれないように敷設を進めました。トンネル貫通のための爆破工事も秘中の秘のスパイ大作戦。敷設費の総額は2億ドルほどといいます。

■速度という基盤の上に

言っておきますが、これらは基本的に事実です。ロスチャイルドのくだりは有名だし、スプレッド社の話もネットで確認できます。

なにしろ当サイトは、突然宇宙人らしきものが現れたり、空から巨大な玉が降りてきたり、ウソばっかり書いていますから、こうやって断っておかないといけません。珍しいんですよ、ヨタ話でも意見でもない話は。

すこし意見を加えておきます。《ネイサンの逆売り》は1日のタイムラグを争った。《HFT》は1000分の1秒。時間のスケールはすこし違いますが、本質はまったく変わっていません。他者よりすこしでも早く情報を手にする。あるいは限られた時間に売り買いをくりかえす回数をかせぐ。

それには膨大なインフラ投資が伴います。そして速度という基盤の上に、知略を投じて最終的には勝ちに持っていく。

それでは、こんどはどのようなソフト戦略が勝負を決めるのか。これはかなりタフな話です。次回に取り上げましょう。ご清聴ありがとうございました。

(あもうりんぺい)

不都合な伝染病

司令官「なあ佐官」

佐官「なんですか司令官」

司「われわれは、この星を壊して乗っ取るんだよな」

佐「もちろんそうです」

司「といってもこの文明を物理的に破壊するのはたいへんだし、あとで再利用しにくくなる。支配種族の精神だけを壊して、そいつらを滅ぼしてしまおうというわけだ」

佐「わざとらしい説明ですが、そのとおりですね」

司「計画は着々と進んでいる。星の支配種族である《ヒト》の精神は、だいたいがスサんでいるし、イラついているし、あちこちで殺し合いが派手になってる。こういうのをどんどん煽らないとな」

佐「そうですね。そこでちょっとこの《どこでもテレビ》を見てください。ぐーんとクローズアップしていきます」

司「星のずいぶん端っこの、シブヤやフクシマがある地域だな」

佐「たとえばこのエレベータの乗り方です」

司「エレベータ? 急に地味になったぞ」

佐「この地域では、殺し合いがあまりないですから。そのかわりイジメや虐待があるので、このつぎから観測しますけどね」

司「なるほど。ところでこのエレベータ、歩道橋に上がるためのものだな。入口と出口がそれぞれ反対の側についている」

佐「いま《ヒト》がひとり入りました。もうひとり入ろうとしているところへ、先に入った者が、振り向きもせず、さっさと《閉じる》のボタンを押すものだから…」

司「おお、ドアにはさまって痛がっている。いい景色ではないか。ケンカでも起きればもっといいのだが」

佐「こんどは、たまたま操作盤の近くに立ったヒトを見てください。こいつは《開く》ボタンで開けたまま、降りるヒトをぜんぶ降ろして、最後に自分が降りています」

司「う、ひどい…まあこれはこれで、ときどきあるマナーなんだろうな。前にカイシャというものの中でこれをやっているのを見たし。しかたがないか」

佐「そんな中で平然と、そっくりかえったまま降りていく者がいます。知らないヒトがボタンを押して開けておいてくれるのに、ですよ。会釈もなく」

司「おお頼もしい。マナーのほころびは精神の崩れの前兆だ。もっとやれ! 地域に蔓延させるんだ!」

佐「同じ場所でほら。こんどは若いオスの二人組。ひとりはかなり太っており、もうひとりはタオルの鉢巻をしていますね。二人の服装は、現地では《建設労働者風》といわれています」

司「むさくるしい感じだ」

佐「エレベータが来るのを待って談笑中といったところですか。扉が開いて乗り込んでも、向き合って談笑が続きます」

司「あ、あとから中年のオスらしきヒトが乗りこんできた」

佐「ここからスローモーションに切り替えて、じっくり見ましょう。奥にいたデブは、あとから乗るヒトをしっかり目で認めて、手はいつのまにか《開く》ボタンに添えています」

司「…」

佐「ゴンドラが上がり切ったところです。こんどは鉢巻のほうが入口側の《開く》ボタンを押して身を引き、あとから乗ったヒトを先に通します」

司「な、なんなんだこれは」

佐「ええ、さっき見たのと似ていますがね。今回のこれがとくによくないのは、一連の動きが自然でスムーズ。気持ちの迷いがないし、二人の息も合っている。完全に慣れた行動らしいということです」

司「なんと恐ろしい」

佐「もっと恐ろしいものを見せてあげましょう。このビッグデータ解析です。さっきの建設労働者風のヒトのような行為なんですが。たとえば半径100メートル以内の場所で、こんな行為を平然とするヒトが何人か出てくる。するとこれが伝染するんです」

司「伝染?」

佐「ええ。何人かがこれをくりかえしやって、そのあとしばらくたつと、当たり前のようにこれをするヒトが増えている」

司「どうしてそんな伝染なんてことが?」

佐「よくわかりません。何人かがやると、それが当然だと思うのか。かれらの言葉でいう《クール》だと思ってマネするのか。それに口にするのも不気味ですが、《他人のためになる》し、そのへんかと」

司「うう、これは…エレベータ限定ならまだいい。だがこんな風潮があちこち広がりでもしたら、これはたいへんだ。精神を崩壊させるどころじゃなくなるぞ」

佐「じつはこの地域、以前は《乗り物で席を譲らない》ことでは優等生だったんですよ。ところが最近は変化があらわれてきて…」

司「譲るようになった?」

佐「すこしですが、そうです。こんなものがまた伝染してきたら…」

司「とてもまずいぞ」

佐「とてもまずいです」

(あもうりんぺい)

ここまで来てしまったのか成人式

成人式がとんでもないことになっているらしい。
北九州にある某市では、参加者の服装が年々派手になり、行きつくところまで行っている、というニュースを見た。

ギンギンの族ファッションで固めた男の集団。頭にバービーぐらいの人形をいくつも、頭髪のようにくくりつけた女性。この人は靴のかかとを透明にして、これまたいくつもの人形の生首を入れている。
えりを大きく開けた江戸時代の「おいらん」の装束の女性たち。おいらんファッションは定番として認知されつつあるらしい。1回限りの衣装のために80万円もかける者がいるとか。

こんな風潮に対し、筆者はひとつ、声を大きくして言いたい。
すばらしい!

どうしてこれがいいかというと。第一に、人に迷惑をかけない。(これが一番たいせつな要素だ。)それからバカバカしくていい。見ていて楽しい。「いまどきの若い者は」と言いたくてしょうがない人たちに楽しみを提供している。社会貢献だ。

人の迷惑の話でいうと。何十万円の衣装代をどうやって捻出したのか。「この日のために」こつこつバイトで貯める者もいるというが、一方で親からの強奪だってあるだろう。迷惑じゃないのか。まあこれは身内だから互いに責任をとってやってくれ。他人にゃ関係ない。

異形ファッション台頭の裏には、仕掛けた衣裳店があるという話があるが、これもかまわない。人は仕掛けられただけでは熱意をもって動くものではない。

その一方で、くだんの北九州の会場で流血のトラブルがあった。
全国でも、進入禁止の会場前広場に大量の車で乗り込んで暴れまわる。式の最中、登壇者に食ってかかる。私語が充満してそもそも式にならない。そんなことが多発している。

こういったことは断じて許せない。理由は、人に迷惑がかかるからだ。

そりゃ確かに、成人式なんて官製のお仕着せで、主催者のくだらない自己満足のためにやるものだ。だからといってそういう主催側の人たちにも人権がある。踏みにじってはいけない。

もし若者のタメにならない成人式だ、市の予算のムダだと思ったら、集まってこなければいい。みんな来なくなれば自然に消滅するだろう。

一番いけないのが「私語で式が台なし」のパターンだ。集団の陰に隠れての怠惰、無関心、非協力という名の破壊活動。これはどんな努力も覚悟もなしに実行できるだけに、そのぶんだけ卑劣さが増すテロ行為だ。

式だけではない。学校でもどこでも、この種のマインドが蔓延している。「だって、つまんないんだもん」ならば退場しなさい。

成人式では、こうした私語爆弾テロの実行犯は、男はスーツ、女は振り袖に白い羽毛ショールという没個性スタイルが主流だ。

会場内でそんなことになっているわきで、表では知恵を絞ったキテレツなファッションで練り歩く。「式なんて出ないわよ」
いいではないか! この個性、自己主張。しかもバイトで貯めながら(または親と死闘しながら)何十万円の衣装投入という努力と覚悟。

式に出ないと宣言したその時点で、押し付けではない、手作りの成人式が成立している。ということは、会場内の主催者たちとの間では理想的な不可侵・共存関係が構築されたということでもある。

若者は騒ぐものだ。自己主張するものだ。「人の迷惑」という唯一絶対の垣根だけ見越して、あとは楽しく見守っていたい。

(あもうりんぺい)

敏腕社長の厚生リスク、または情けはだれのため(2)

■補償はする。風評にも訴訟にも備える。いいのか?

危険商品に戻って話をしよう。事故時の補償などの直接コストが300万円。それを防ぐための安全対策費は800万円。
[誤解]「安全対策なしにすれば、リスクよりリターンのほうが大きいので、強行」
[正解1]「評判や後のコストを加味した自社利益を考え、安全対策」
[正解2]「顧客の生命財産が第一だから、安全対策」

[誤解]が短絡的すぎるのはもちろんだ。問題は[正解1]が好ましいのかどうかだ。筆者の結論を言おう。

「よくない」

なぜかというと、企業の方針レベルの話になる。

■自社利益という極限的無限ループ

[正解1]のように考えていると、商品の企画や製造や販売や、すべてが「自社利益のため」という方向になる。顧客の望む方向からずれていき、将来はそっぽを向かれる。結局は自社利益のためにならない。だから顧客や社会の利益を図ろう。

やっぱり「自社のため」が理由になっている。これは[正解1.1]というべき考えだ。

だからそれを改めて、しっかり顧客のほうを向き、ずっと向き続け、それで末永く…自社のためになる。[正解1.11]

あれ、いつまでたっても[正解2]に届かないではないか。

これぐらい、われわれは「自社(自分)」の利益を第一にし、そこに収束する考え方を植え付けられている。

■厚生リスクという概念

「企業の目的は自社の利益」と割り切るなら、それでもいいのかもしれない。だがいったんその考えをとったら最後、上の無限ループにはまる。
・とりあえず社会の利益を図ろう。自社利益のために。
・すると社会の利益からずれていく。
・社会から支持を得られず、自社のためにならない。

別の価値軸を立てる。企業がいま存在するのは、なんのためなのか。当サイトのCSRカテゴリで何度か触れたように、《社会に価値を提供するためである》。その目的の下に、利益もついてくるし自社の存続もついてくる。

そう考えれば、宿痾のような無限ループから脱することができる。 これを日本の伝統に沿った形でいうと「売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし」になる。

A社危険商品のように、社会への価値提供を阻害するリスク、あるいは社会に不利益をもたらすリスクがある。これを《厚生リスク》と呼んでおこう。ここで厚生とは、広い意味で「社会が得すること、損しないこと」だ。

厚生リスクは「自社の利益を阻害するリスク(エンタープライズリスク)」とは別建てであることがポイントだ。いったん自社利益を棚上げにし、独立したリスクとして厚生リスクを捉える。

■厚生リスクを抑える安全対策費、そしてアルファ項

厚生リスクは、無限に追求できるものではない。事故の可能性も含めて、あらゆる意味で社会に迷惑をかけない商品というのは想定しにくい。対策のために、どこまでもコストをかけ続けることはできない。程度問題だ。

では、どこまで費用をかけられるのか。厚生リスクを抑えこむための対策費を式にすると、こうなる。(前回A社の例を[誤解]に当てはめると、800万円 > 300万円だと理解してほしい。)

《安全対策を放棄する基準》(式が成立したとき、それ以上の対策をしない)
[誤解]安全対策費 > 事故時の直接費用
[正解1]安全対策費 > 事故時の直接費用+その他想定費用+ブランド毀損
[正解2]安全対策費 > 事故時の直接費用+その他想定費用+ブランド毀損+アルファ

《アルファ項》をいかに大きく取るかが、社会厚生に対する企業姿勢の表れになる。技量しだいで、アルファを大きめにしてもプロジェクト全体収支のプラス維持はできる。これに努力を傾けることだ。

自社のために。

(あもうりんぺい)

敏腕社長の厚生リスク、または情けはだれのため(1)

■敏腕社長の判断

A社は創業2年目の小規模企業だ。商品を企画し、海外で委託生産して販売している。まだ知名度はないが、営業は順調だ。

A社のある商品で、安全性に不安があることが判明した。利用者の手を傷つけてしまう恐れがある。商品を改良して安全にするには、対策費として800万円ほどかかる見込みだ。

オーナー社長は「安全対策せず商品を出したらどうなる?」と検討を指示した。「クレーム対応として、ケガの治療費なども含めて300万円」と営業部が試算した。社長はすぐ判断した。「よし、安全対策なしで行こう」

■なにとなにを秤にかけるのか

リスク(事故のときの対応)は300万円だ。それに対応したリターン(コスト削減)は800万円になる。リスクとリターンを秤にかけたら、リターンのほうが大きい。ある意味で当然の判断かもしれない。

だがこれがほんとうに最善の策だったのか。その後2年間でA社は消滅してしまったから、確かめようがない。社長は多額の借金をかかえ、行方をくらましているとのことだ。

A社の策がまずかったとすれば、それはコストと顧客の安全をそのまま秤にかけてしまったことだ。いったん傷つけてしまった身体は、治療費を払ったからといってチャラにはならない。

■結局は自分のためなのか

さてここからの流れはすこし複雑だ。普通ならA社社長の判断はこう批判される。「数字の上では得していても、会社の評判が悪くなるだろう。訴訟だって起こされるかもしれない。長い目で見れば得しないよ」

これをよく見ると、危険な商品の発売は「お客さまの身体が傷つくからマズイ」ではなく「ブランド毀損や係争で当社が損するからマズイ」という論理にすりかわっている。結局は自分のためだ。

■ことわざが教えること

同じような構造は「情けは人のためならず」ということわざにもある。

世間ではよく解釈問題として語られる。
[誤解]「情けをかける(救援する)ことは相手のためにならない」
[正解1]「情けをかけると、結局は利得として自分に戻ってくる」

この正解のようでないとね、以上終わり。と、普通はなる。
だかここでは[正解1]に潜んだワナの話をする。

最後には自分のほうが大事、自分が得すればいい、という結論だとしたら、これは危険商品のときの論理すりかえ問題と同じになってしまう。

ことわざの場合はしかし、
[正解2]「情けをかけると、相手が助かる。それが最高にいいことなのだが、それだけではない。ついでに自分もうれしいし、あとあと得することになるかもしれないんだよ」
といった長めの解釈文が的を射ているかもしれず、それはそれでいい。

それでは[正解1]のほうはどうか。これも正解なのか。
次号へ。

(あもうりんぺい)