だれが会社を思うのか ― シャープへの支援と統治

だれが会社を真剣に思っているのだろうか。その幸せと行く末を。シャープがホンハイ(鴻海)精密工業の傘下入りする方針を固めた。どのような形態にせよ、あらたな門出が近づいているわけで、陰ながら関係者の方々にはエールを送りたい。

とはいえ、申しわけないけれど心は晴れない。「会社は何でできているか」で示した悪い予感が当たりつつあるからだ。

■財務状況から、シャープは「買い」だ

15年3月期の自己資本比率は2%未満に急落しており、黙っていれば債務超過に陥る勢いだ。(後述する資金注入で現在8%程度に回復。)一方で有利子負債の絶対額は1兆円未満と巨額ではなく、この数年間で増えているわけでもない。むしろ13年から15年にかけて漸減しているぐらいだ。

ここで数千億円の資本増強をすれば、財務の指標は一気に明るくなる。バランスシートを見る限り、差し迫って負債を減らす必要はなく、資本増強しても借金払いでロスすることはない。大きな減損や特損の予兆もない。資本増強分は構造改革に充てる部分もあろうが、大部分を成長投資に振り向けることで、再生を果たせる可能性が高い。

それには三つ、要件がある。

ひとつめは、いままでの経営陣と経営手法をすっかり塗り替えることだ。2015年にファンドから優先株によって2000億円の資金を注入したが、業績の急落は止まっていない。現経営陣による事業再建はもう無理という証左だ。筆者にはこの2000億円が、現経営陣の経営能力の最後の(負の)証明、一種の手切れ金と映っている。

ふたつめ、いままで作り溜めた技術のシーズを一気にマネタイズ、現金化することだ。シャープには液晶の「IGZO」を始めとして、どこにもない独自の技術がぎっしり詰まっている。これをセールスできる能力が根本的になかったのを、刷新する必要がある。

三つめは、社会との良好な関係を結び続け、従業員が意欲と使命感をもっって働き続けられるように環境を整えることだ。これはいまに始まった話ではなく、シャープだけの問題でもない。普遍的な課題だからこそ、この変化の節目に考えなおしておかなければならない。

■経営陣温存という麻薬

今回の決定に至る前、産業革新機構とホンハイがシャープ支援策を提案しており、争奪戦といった様相だった。

革新機構:支援額3000億円プラス銀行からの支援引き出し。
ホンハイ:支援額6000億円規模。

この金額の差によってシャープ取締役会と銀行各行がホンハイ提案に惹かれたという筋書きが語られている。銀行としては、そろそろ回収にかかりたい。シャープにリスクマネーを積み増すよりも、、ホンハイからの潤沢な資金で事業再生するのを高みから見物したほうがいいという判断だろう。

ここでもうひとつ、両案には大事な差異がある。

現経営陣につき、革新機構は「退任を求める」、ホンハイは「退任を求めない」ことを支援の条件としている点だ。

■戦犯が裁判官

シャープ取締役会の構成を見てみよう。(一部カウントが不正確かもしれないが、大要は間違いない。)

取締役13人のうち社長・会長を含む8人が社内からの生え抜きで、うち会長を除く7人が執行役員を《現状で》兼務している。一方で5人が社外取締役。そのうち2人がファンド(JIS )からの派遣。

昨今の風潮を受けてバランスを取った結果と主張できるかもしれない。外部大手の経営経験者や弁護士が入って入れば、監視や助言で取締役会としての機能が果たせるだろう。しかしそれは平時の話であり、今回のような事態では別だ。

取締役会の過半数が現役の執行役員で、ここまで業績悪化させた直接の責任を持つ。それが「経営陣の退任を求めない」というホンハイ案のほうを、お手盛りで採択した。会社法では「決議について特別の利害関係を有する取締役は取締役会の決議に参加できない」としているが、今回の案件ではまさか執行役員兼務者を外した決議などしているわけもないだろう。

「現経営陣の温存」、この一点だけ取っても、経営者としての矜持を問うのに十分だ。

■どうなるのか

ホンハイは過酷労働や過剰な利益追求で、とかく風評のある会社だ。(風評だけであってほしいと願っている。従業員のために。)以下のシナリオに従っていくだろう。

ホンハイはシャープの技術を基に製品を生産し、巨利を手にする。その過程では、先述「技術シーズのマネタイズ」はうまくいくだろう。ホンハイは株式取得で資本注入し経営権を得る。バランスシートで見たように、経営再建さえすれば、出資者の損失はなにもない。圧倒的な安値で将来の巨大なキャッシュフローを手に入れた、ということになる。

シャープ本体は、しばらくは現状の体裁を保ち、内部から技術が親会社に移転されていく。そのうちに機をみて、事業ごとに切り刻まれ、一部は台湾や中国に合流し、一部は捨てられる。

「退任させない」とされた現経営陣は、すぐに実権から遠ざかり、やがてはすべて駆逐される。ホンハイのようなドライな経営方針の下で、そもそも現経営陣は通用しないし、ホンハイ側としてもいつまでも養っていく気持ちもないだろう。そうなったら、筆者が指摘した「経営の塗り替え」は皮肉にも実現してしまうことになる。

日本の技術立国が大きくゆらぎ、凋落していく。シャープ案件だけが凋落の原因ではないが、今回案件はシャープだけの問題でもない。技術を育てるだけ育て、それを活用できず、勝手に会社を傾かせる。経営者は無傷で、人と技術だけをタダ同然で売り渡す。これで技術の伝統が維持できるはずはない。

筆者が指摘した業績回復のための三つの要件のうちふたつはホンハイ傘下でも実現していくだろう。問題は最後の要件だ。中長期志向と全体最適、社会厚生。いま見たように、十分な実現はおぼつかない。

筆者はナショナリズムでこれを言うのではない。現経営陣が最後まで保身を図り、人と技術を犠牲にした。これを企業統治の問題として見過ごすわけにはいかないと言っているだけだ。

だれが会社を真剣に思っているのだろうか。その幸せと行く末を。内部の者、外部の者、関係する社会のすべてが思っていると信じたい。

(あもうりんぺい)