差し棒で説明する若手社員

保守性10倍の法則

一見同じような企画案が2本ある。ふたつの会社で、企画案はそれぞれどのような運命をたどるのだろうか。

■江井社、経営会議

プレゼン後の質疑。企画自体の評価よりも、細かな点の質問が多い。ひととおり進んだころに、ある役員が口を開いた。「業界にあまり先例がない売り方だ。売上予測は確かなのか。思ったように売れなかった、というリスクがあるんじゃないか」

企画部長が弁明に立った。「テストマーケティングは実施しました。このように」と資料を示しながら。だが「そんなものが当てになるのか」と一蹴されてしまった。

「リスクがある」といった意見には、どの役員もはっきり反論しないし、賛成もしない。最後に議長である社長が締めくくった。「この案件は時期尚早ということでよろしいでしょうか。リスクもあるようですし。では企画部には引き続きの検討をお願いします」

テスト販売までしてから、「売れないかもしれない」と言われても反証のしようがない。一度こんな理由で差し戻された件は、いくらがんばって対策しても「リスクはリスク」となって、浮かび上がれない。

■備意社、経営会議

営業担当役員
「なんだよ、販売チャネルの設定が粗削りだな。C社とD社のスジはどうした。よし、おれがさりげなく当たってきてやろう。なに大丈夫、新製品のマル秘情報は言わないから」

財務担当役員
「事前に議案をチェックしました。収益の現在価値換算が甘くて、すこし削らないといけません。しかし借入金を増やすことで金利分を節税できます。総合すると利益プラスに修正できますよ。こんどから経営会議前でもいいから財務部に相談してください」

製造部門担当役員
「企画部からこの案をもらったとき、いい話だと思ったよ。だから早急にすりあわせをやり、完成度5割というところでこの会議にかけたんだ。それ以上たたいても、スピード感がなくなってしまうからな」

社長
「リスクとリターンを秤にかけてみました。リスクの内訳が大切だが、失敗しても社会に迷惑をかけるリスクがありませんね。お客さまに喜んでもらえる見込みはもちろんあります。利益については不確定なところもあるが、それは当たり前。これはとりあえずGOです」

■組織の空気が決める

江井社のような組織では、会議出席者のうち一人が懸念を示すと自動的に廃案になる。企画の良し悪しよりも、出席者同士の対立を避けることが大切なようだ。論理的な反論でなく、「リスクがあるねえ」といったあいまいな意見でも、最後には通ってしまう。

だれかが否定的な意見を出すと否決される。出席者が10人いるとすると、一人の判断にくらべて、否決の可能性は一気に10倍になる。新しいことに踏み出さないという保守性が10倍。これが江井社の会議が持つメカニズムだ。

備意社では、出席者がそれぞれプロフェッショナルな視点で、寄ってたかって原案をふくらませているようだ。最後にはリスクを取る決断がある。原案の何倍かリッチになった企画が、迅速にすべり出すことになる。

江井社と備意社。読者の組織はどちらに近いだろうか。

(あもうりんぺい)

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