タフかウブか(1)ロスチャイルドの1000分の1秒の速馬車

「みなさんお待たせしました。では投資の先生にお話をうかがいます」

■ワーテルローのもう一人の勝利者

こんにちは。いまご紹介にあずかりました講師です。

いきなりですが200年前の、ナポレオン軍対イギリス・オランダ軍の「ワーテルローの戦い」から始めましょう。ロンドンの市場はこれに大注目していました。ナポレオンが勝てば英国債は暴落し、負ければ高騰するからです。

当時ネイサン・ロスチャイルドという人がいて、これはすでに有名な投資家です。ヨーロッパ中に情報網を持っていて、300kmも離れた戦場の情報を手にしやすい人としても知られていました。

戦いの当日、彼は憔悴した姿で市場に現れ、国債に売りをかけます。これを見て、ナポレオン勝利の情報をネイサンが得たのだと確信した人々は、こぞって売りに走る。

そうして相場が下がりきったところでネイサンは猛然と買いに出て、多量の国債を底値で手にする。その後で「ナポレオンが負けた」という情報がおおやけになり、国債が高騰して彼は大儲け。

■富豪が手にしていた巨大な情報インフラ

当時の長距離情報網は、輸送網と合致します。大商人のネイサンは実際、だれよりも早く、政府よりも早く、勝敗の結果をつかんでいました。

速馬車を短距離疾走させ、つぎつぎバトンタッチする。場所によっては沿道に多数の人を配置し、のろし(狼煙)で情報をつなぐ。どれも用意周到な物量作戦です。これによって政府が馬で運んだよりも1日ほど早く、情報を手にできたわけです。

こうやって得た勝敗の情報ですが、それをもって直接買いに出るのではなく、いったん売って相場を下げ、ほとんどの利益をさらってしまうという作戦を立てたのです。

世界的大富豪のロスチャイルド家がその基盤を固めることになる、「ネイサンの逆売り」として知られる事件です。 ― 細部まで史実かどうかは諸説ありますが。

ポイントをひとつ。ネイサン・ロスチャイルドが戦いの結果を得てからまだしばらくの間は、ほかのだれもその情報を手にできない。この読みがあって初めて、成立する作戦であるということです。覚えておいてください。

■ロボットがうごめいている

時代は下って現代。リーマンショックをはさみながらも盛んになってきたのが、高頻度株取引《HFT》です。

いま大口機関投資家の株取引は、大部分がロボットによって行なわれています。ロボットというと、空き缶に手足をつけて目玉がぴかぴか光っているような。あれが大勢集まって、身振り手振りといっしょに叫びながら株を取引している。そんな光景ではないわけです。

ロボットはコンピュータそのもの、あるいはその中を自律的に動き回るソフトウェアのことです。これが相場情報を参照し、すばやく反応しながら1000分の1秒単位で売り買いをくりかえす。それがHFTです。コンピュータの性能、ソフトウェアの機能が、投資効果という名前の勝敗に直結していきます。

もうひとつ大切なのが通信回線です。回線の品質によって通信速度が違います。また取引所と自社の間の距離によっても情報遅延が違う。

■1000分の1秒のための物量大作戦

2009年。スプレッド・ネットワークスという会社がニューヨークとシカゴの間に光ケーブルを敷設しました。シカゴは金融取引の中心地です。

同じサービスはたくさんあったのですが、同社が目指したのは既存のものより1000分の1秒から1000分の3秒ほど早く情報が伝達できること。この差別化で10数倍の料金を徴収できる。それぐらい、HFTにとって1000分の1秒という時間差が死命を制するものであるわけです。

スプレッド社がケーブルを敷設したときは、既存の鉄道沿線のものにくらべて通信の時間差をかせぐため、できるだけ直線状のルートにした。そのため巨額の土地使用料という投資をしていますし、山脈を越えるときはトンネルを掘り抜いています。

またライバルに気づかれないように敷設を進めました。トンネル貫通のための爆破工事も秘中の秘のスパイ大作戦。敷設費の総額は2億ドルほどといいます。

■速度という基盤の上に

言っておきますが、これらは基本的に事実です。ロスチャイルドのくだりは有名だし、スプレッド社の話もネットで確認できます。

なにしろ当サイトは、突然宇宙人らしきものが現れたり、空から巨大な玉が降りてきたり、ウソばっかり書いていますから、こうやって断っておかないといけません。珍しいんですよ、ヨタ話でも意見でもない話は。

すこし意見を加えておきます。《ネイサンの逆売り》は1日のタイムラグを争った。《HFT》は1000分の1秒。時間のスケールはすこし違いますが、本質はまったく変わっていません。他者よりすこしでも早く情報を手にする。あるいは限られた時間に売り買いをくりかえす回数をかせぐ。

それには膨大なインフラ投資が伴います。そして速度という基盤の上に、知略を投じて最終的には勝ちに持っていく。

それでは、こんどはどのようなソフト戦略が勝負を決めるのか。これはかなりタフな話です。次回に取り上げましょう。ご清聴ありがとうございました。

(あもうりんぺい)