なぜ可視化するのか -業務レビューと記録-

◆それでは、内部監査の結果をお伝えします。業務経緯の可視化と記録に不足感があり、…
▲ちょっと待ったぁ! あんたら、口を開けば可視化、可視化っていうけど、現場の負担を考えているのか? こっちは営業で身体張ってるんだ。いちいち記録してるヒマなんてないっ!

組織によっては、もうすこし言い回しが上品だったり、陰にこもったりする場合もあるが、よく目にする光景ではある。被監査側と監査側とではこの認識に開きがあることが多い。その原因はおおむね「どうしてそうするのか、わかっていない」ということである。恐ろしいことに、監査側でも、なにも考えずに「可視化が必要」という題目だけで走っていることがある。

内部監査で取り扱う可視化には対象が二通りあり、それは「業務プロセスの定義」と「業務経緯の記録」である。今回は後者について考えよう。仕事の過程の随所(開始、中途、終息時点)で、あとあと役立てるために5W1Hを記録すること、という意味だ。

業務記録の可視化を考えるときは、目的を列挙してから優先順をつけてみることだ。記録の多角的な利用や、記録するかしないかの判断に役立つ。まとめると、《業務記録のASKA》になる。

A.取引先等とのトラブル防止 prevention for Argument
S.施策の承継 policy Succession
K.知見の集積 Knowledge pooling
A.説明責任の充足 sufficiency of Accountability

■4つの目的観の内訳

A.取引先等とのトラブル防止 (Argument)
契約書や覚書も、可視化によるトラブル防止策である。だがそれだけでは足りない。契約よりも細かなレベルでの打ち合わせ結果や取り決めにおいて、「言った言わない」「こんなはずじゃなかった」などのトラブルを生まないために記録を残す。

相手のハンコをもらうようなことをしなくてもいい。「何月何日、どこでどんなことがあった」といった日報的な内容でも、客観的な記録というだけで信憑性につながって、ある程度は有効だ。この目的は営業やシステム開発の現場では比較的認識されていて、実践しているところも多いようである。

S.施策の承継 (Succession)
耳慣れない言葉だろう。ここでは施策(大小の意思決定結果)の長所やねらいを明らかにしておくこと。たとえば「顧客提案はドラフトと詳細案の2段階提出を原則とする。なぜなら顧客心理分析と営業実績の両面から有効な策とわかったから」の、《なぜなら》以降を記録・共有すること。

以下の効果がある。

・施策の安易な改悪を阻む
「決めたこと」や「慣行」に実は合理的な意味があるということを忘れてしまうと、安易にそれを捨て、改悪してしまうことになる。それを防ぐ。

・大胆な変革に打って出ることができる
決めごとや慣行の意味が記録されていると、それを捨てる決断ができる。それを超える、もっといい施策を思いついたとき、ためらわず実行できる。

・施策の独り歩きを防ぐ
時と場合を考えず、無批判に慣行に従ってしまわないようにする。

K.知見の集積 (Knowledge)
仕事はスムーズに動いているように見えても、実は属人化していることがある。組織改編等で競争力が目減りしたり、急に手間が増えたりする。そのことを防ぐ。

組織は人だけでなく、知見の蓄積でも成り立っていて、そのどちらのレベルも意図的に上げていく必要がある。業務上で得た知見を丹念に拾って可視化する(形式知化する)ことが、強力な競争優位性につながる。

A.説明責任の充足 (Accountability)
ここでは日本語の《説明責任》を「使命を遂行する過程で、公正かつ合理的な判断のもとに行動したことを明示する責任」という意味で使っている。英語のaccountabilityは、ほぼ同義だ。

資源や権限を預託され、業務を遂行したからには、結果が成功であれ失敗であれ「ちゃんとやった」ということを主張できなければならない。部門としても担当者としても。

■ほんとうに記録しているヒマはないのか

管理部門にやれと言われたから。監査部門がしつこく突いてくるから。そんな程度の目的観では業務記録のモチベーションにつながるはずもない。

だが上に見た目的観を裏返し、危機感として認識したら話は別だ。
A.取引先とトラブっても手も足も出ない。
S.方針を変えるごとに愚策に傾いていく。
K.ノウハウがたまらない。
A.ちゃんとやっていても有無を言わせず結果責任を問われてしまう。
といった具合に。

問題はそのやり方だ。四角四面な書式を作らなくてもいいし、データベース構築なんてしなくてもいい。営業や製造の基幹的な文書(提案書や製造指示書、エラー報告など)を保管するとき、可視化記録の目的観を意識しておく。日常発生する報告メモ、指示メールなどもその視点から保存しておく。それだけでほぼ十分な5W1Hになる。

監査部門「業務経緯可視化の目的なんですけどね」
現業部門「ああ、これこれだよな」
監「記録、取ってますか」
現「取ってるよ」
一度でいいから、こういう会話をしてみたい。

(あもうりんぺい)