いまどう動くのか3-アンテナという競争力(上)

ホテルのラウンジは華やいだ雰囲気だ。栄太と備伊夫はコーヒーカップを前に世間話をしている。二人の共通の友人が挙げる結婚披露宴が始まるまでは、まだすこし時間があるようだ。

栄「最近ウチの会社さ、さっぱり企画が当たらなくて、たいへんなんだ」

備「新聞で見てだいたい知っている。やっぱりそれ、アンテナの方向だよな」

栄「アンテナって?」

備「部内で飛び交っているだろう、外から引っ張ってきた情報のことさ。おまえの会社ではどうしているんだ。アンテナって呼び名ではないのか」

栄「ええと、よくわからないが。もうすこし話を聞かせてくれるかな」

■情報を網にかけて共有する

備「新聞雑誌、書籍やネット。そこから重要そうな情報を網にかける」

栄「重要な情報?」

備「技術動向。業界情報やライバル社の動静。業法の改正、社会情勢。カタい言葉でいうと外部環境の変化かな。大小さまざま、形も味わいもいろいろだ」

栄「網にかけてどうする。唐揚げにしてビールでも飲むのか」

備「居酒屋まで持ち込むこともあるがね。基本的にはイントラネットやメールで部内に共有するんだ。さっき技術や業法やといったが、おれの部では、そういう分担が人それぞれになんとなく決まっている」

栄「その発信が毎週か月イチかなんてことは決めている?」

備「まったく決まっていない。気づいたごとに出す。考えてみれば本流の仕事だと『ハイおまえは金曜までに企画書の下案作り!』なんて決めないと進まないだろ。しかしこういうのは、あんまりギチギチに決めると、かえってやる気がなくなるものらしい」

栄「メールした情報はデータベースにも入れるのか」

備「テキストファイルで共有フォルダに放り込むだけ。手間をかけない。集まる情報の8割は鮮度が命のものだ。冷凍保存してもしょうがない」

栄「そんなことして、役に立っているのか」

備「部のミーティングでは、アンテナの内容がひんぱんに出てくる。それが元で始まった大型企画もある。しっかり機能していると思うぞ。とくに技術動向なんて、毎日上がってくる」

■自分の業界の技術動向だけなく

栄「技術動向といったって、ウチみたいな建設会社だったら、関係の専門誌や専門紙、専門サイトに情報があふれているじゃないか。わざわざ集めたりする必要があるのか」

備「建設以外の他業種の情報というものがある。たとえば《いろいろに使えるが、建築にも使えるかもしれない新素材》の話だ。まずは素材業界から発信される」

栄「そのうちに建築専門紙の記者が嗅ぎつけて載せるさ」

備「そこだよ。記者の人たちもぬかりなく情報を集めている。だがそこに載るまでにタイムラグがあったら? 一見して使えそうもない情報ほど、キャッチが遅れる。早く情報を手にした者が競争優位に立つ」

栄「それはそうだが」

備「さらに、まったく関係なさそうな《新しく開発された食品加工の方法を建築に応用する》になったらどうだ。これはもう発明の領域だ。おまえ以外のだれも気づかないかもしれない。いや発明ってそうしたもんだよ。ただ座っているのではダメで、無関係な情報に触れたとき出てくる」

■専門性で照らし出した価値ある情報

備「業界紙の記者とは違う、自分の専門性に照らして、ピンとくる情報を拾うんだ」

栄「そんなピンときた情報は隠しておいて、あとで自分の仕事に使ったほうがよくないか」

備「いや、独り占めするよりも共有をうれしがるやつのほうが多いんだが」

栄「共にすれば、苦しみは半分、喜びは2倍というやつか」

備「さっき聞いた牧師さんのせりふだな。それに部内に最初に発信した者には、情報の発見者としての業績が残る。独り占めが好きなタイプの人間、つまりおまえだが、にも向いている仕組みだ」

栄「その情報をもとにして、だれかが事業を発案したら? 損するんじゃないか」

備「そういうことのために共有するんだろう。喜び2倍じゃなかったのか? 10人いれば10倍だぞ。…あ、もしかしてそういう根性だから結婚できない?」

栄「できないんじゃなくて、当面していないだけだ。おまえに言われたくないし」

備「もし情報をもとにした事業化かなにかのアイディアが浮かんできたら、ニュースと一緒に書き添えてしまうんだ。ちゃんと自分の業績にできる」

栄「なるほど。だがいまひとつ、効果がわからないなあ」

備「このアンテナが、《いまどう動くのか》の判断にもろに効いてくるんだ。ではコーヒーをおかわりして続きを話そう」

次回へ。

あもうりんぺい

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