あけみくんの宝箱02-悪い部長といい部長

「監査部」ができた日。部長の越谷は3人の部員に、内部監査について説明を始める。一夜漬けで仕入れた知識かもしれない。「内部監査は会社がうまくまわっているかを確認する仕事。といっても売り上げや利益は経営陣もよく見ている…」

◇前回の疑問
どうやって売り上げをあげているのか。細かい手段は、当の営業部だけが知っている。それでいいのか。

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■02.悪い部長といい部長

「仮に、ばりばりと成績を上げる営業部長がいたとしよう。それが評価されて、さっさと役員になった。ところがあとに座った営業部長のもとでは、じりじりと成績が下がっていった」

意見を求めるように、越谷は言葉を切った。上野が応じる。
「やっぱりねえ、その前のほうの部長さんは優秀だったんだ。あとの部長さんをまた変えるとか、がんばってもらうとか、なんとかしないと」

「ところが、だ。いろいろ調べてみると、新しい部長のやり方に問題はなかった。新規顧客をていねいに開拓したり、お客さまの信頼を取り戻したりして、営業の体質をよくしていたんだ」

「お客さまの信頼を取り戻した、って…?」
「そう。前の部長がこわしていった、お客さまの信頼をだ。前の部長の営業のやり方はこうだ。できもしない約束を連発して、強引に契約を取ってくる。しぶる顧客には、リベートやコネや、相手の弱みまでもちらつかせて、1回だけでいいからこの値段で買ってくれと迫る」

◇手抜き製品と強引営業

「そのおかげで、営業成績バツグンですか」目黒は、ため息と一緒につぶやく。

「ああ。仕入れは仕入れで、下請けをたたいて手抜きの製品を作らせる。使ってみると不具合がぽろぽろ出るが、しかし安くできる。これで儲からないはずがない」

「でも、それで儲かるのは短い間だけですよね」玉川あけみも口を開いた。
「そのとおりだよ」越谷の言葉に力が入った。

越谷は立ち上がると、ホワイトボードに「前の部長 強引な営業 低い品質 顧客不満足 短期利益」と書いた。
その右には「あとの部長 誠実な営業 高い品質 顧客満足 長期的な利益」と対応した位置に書き足して、「短期利益」「長期的な利益」を赤いマーカーで囲った。

◇短期利益の追求

「ここが大事なところだ。前の部長は短期利益を追っかけて、顧客の信頼を徹底的にくずした。といってもクレームがやたらと吹き出てこないぐらいに、上手にやったので発見が遅れたんだ。痛い目にあった顧客はもう二度と取り引きをしようと思わない。そのせいで、あとの部長になってからじわじわと売り上げが下がった。前の部長はうまく売り抜けたわけだ」

「で、どうなったんですか。あとの部長が気の毒になってきました」
「あぶなく、あとの部長が左遷されるところだった。幸いに過去からいままでの営業のやり方をぜんぶ調べて、あとの部長が悪くない、いやとてもいいことをしていると、みんなが理解したんだ」

越谷は続ける。
「前の部長は役員になっていたが、その件ですぐに処分されたりはしなかった。まあ、いろいろ都合もあったんだろう。
だがみんなが注意して見ていると、しだいに化けの皮がはがれて、誠実じゃない人だということがわかってくる。そのうちに会社を去ることになってしまった」

◇だれが見つけたのか

「よかった…」
「めでたしめでたしですね」
「でも、よくありそうな話ですけど」
「本当にあった話だが、当社じゃない、よその会社のことなんだ。ところで過去からいままでの営業のやり方をぜんぶ調べて部長の濡れ衣を晴らしたのは、だれだと思う?」

越谷は、すこし上目づかいにぐるりと首をまわして部下の全員を、(3人だけだが)見回した。
部下たちは無言できょとんとした表情をしている。
そのうちに「だれが、って言ってもなあ」「登場人物、少ないし」などという声があがりはじめる。

「わからないのか…」越谷は声を落とした。「いまわれわれは、なんの話をしていたんだ」
「悪い部長といい部長の話」
目黒のとても素直な声に、越谷はますます肩を落とした。

◇悪い部長はどうなった

「あ、わかった!」上野が声をはりあげた。「よその会社の話なんすよね。そして悪い部長は、役員になったけれども、結局は会社を去ってしまう」

越谷の目にすこし希望の光がともる。上野は続ける。
「そんなに詳しい話を知っていて、そしていまはその会社にいない人。ずばり、越谷部長が悪い部長だったんだ!」

越谷は、もうワタクシ、宇宙人にさらわれて別の惑星に行ってしまいたい、といった表情で、思いきり頭をかきむしった。越谷の頭髪はだいぶ寂しくなっている。いいのか。
「勝手に話を作るな! 聞きたいのは、だ、れ、が、どんな立場の人が、悪い部長の悪さをあばいたんだ、ってことだ!」

「それが内部監査、ですか」玉川あけみがつぶやく。

「…そう、そのとおりだ…」越谷は低く応答すると、そのままずるずると腰を落とし、イスにかけた。顔には、ようやく正解が出てきたという安堵が2割、これからこんな連中と一緒に仕事をしなけりゃいかんのかという落胆と不安が8割、といった表情が浮かんでいた。

◇監査は告げ口?

すこし気をとりなおしたか、越谷はホワイトボードの、いい部長の列と悪い部長の列の中間に大きく「業務の適正」「内部監査」と書き入れた。
「内部監査は、業務の適正さを確認する。そうやって、長い目でみて《いい会社》にしていくんだ。
そのためには《どう営業しているか》を営業部だけが知っているのではだめで、内部監査人が業務の実態をしっかり見にいくことが必要なんだね」

「はい部長、質問です」上野が手を上げる。「役員になっている悪い部長に向かって、あんたが悪いんだ、って監査の人が言ったんですよね」
「そういうことになる。正確には、内部監査人は社長に報告したんだが」

「チクリじゃないすか。そんなことして、悪い部長ににらまれたりしたら困るでしょ。悪い部長は役員にまでなっちゃったというし、その監査人て、あとあといじめられるんじゃ?」上野はガサツなようでいて、営業出身だけあって人間関係には気がまわるらしい。

「部長、実際どうだったんですか。監査の結果を聞いて、うらんだりしませんでしたか?」
「だからわたしじゃないっ! 別の会社の別の部長のことだ!」

◇まずいことが起こったときの監査

越谷はすこし呼吸を整えてから続けた。
「それに告げ口ではない。正式な手続きを経て、証拠に基づいて出した結論だ」
越谷の口調が真剣さを帯びてくる。

「監査をやっていれば、たまにはうらまれることもあるかもしれない。しかし営業だって技術だって、体を張ってがんばっている、ということは君たちがいちばんよく知っているはずだ。監査だけ安全なところにいちゃ、いけない」
最後は自信たっぷりにしめくくる。

「そうだよな、悪い部長はこらしめてやらないとな」「ああ、なんたって悪い部長というぐらいだからな」上野と目黒が、たがいにうなずきあう。
「内部監査って、つまりそういうことだったんだ」「まずいことが起こったら、そこへ入っていけばいいんだ。そこでなにが起きたのかって調べればいい」「これならできそうだぞ、内部監査」
しきりに納得する二人。

「すこし待ってください。なにかが足りない気がします」

玉川あけみの声だ。なにが足りない? と疑問をもって、みんないっせいに彼女の顔を見る。

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(あもうりんぺい)