あけみくんの宝箱01-乗り込んだ船

いきなり指名され、1カ月間で「内部監査」を立ち上げるよう命じられた4人の部員。外部の指導に頼らず、自分たちだけでやりとげることが条件だ。リストラ予備軍として放置されたのか、期待されての抜擢なのか。不安をかかえたまま、内部監査をめぐる旅に出る。すると監査より手前で、会社にはある問題が横たわっていることを知る…

真っ暗な中にハンドライトの光が筋になっている。間仕切りも廊下もない巨大な空間だ。あちこちに積み上がった木箱や紙箱。むき出しの書類や機械装置もある。先頭に立つ自分と後ろの3人は、闇にはぐれないよう集団になって進んでいる。

ここはどこだ。なぜ室内照明がない。ぼくたちはなにを求めているんだ。

4人のうちのひとりの男が叫んだ。
「あれだ!」

見ると立派な木箱がある。内側からやわらかな光がもれ出しているようだ。内蔵された、なにか値打ちあるものが輝いているのかもしれない。蓋を開けにかかるが、びくともしない。もうこのあたりになると、これが夢なんだなと気づき始めている。目覚めの光が、どこか遠くのほうに感じられる。

「よし、箱ごと運び出そう」
一行の後尾にいた中年の男が指示する。かつぎ上げようとしたそのとき、4人のうちのひとりの女性が声をあげた。

「すこし待ってください。なにかが足りない気がします」

照らし出された彼女の視線を追うと、まわりの段ボール箱も書類も、いままで通り過ぎてきたすべてのものが、静かに光を放っているのがわかった。なにかの値打ちを秘めているかのように。

目覚めると、目黒恵太は朝の光の中にいた。初夏の透きとおった風が窓ガラスごしにも見通せる。ベッドを出てひとりぶんのコーヒーをいれながら、目黒は思った。

「よくわからない夢を見たもんだ。新しい部署に初めて出勤する日に。でもまあ、とくに縁起が悪い話でもないようだから、いいとするか」

■01.乗り込んだ船

工場の敷地だから、広くて緑も豊かだ。その奥のどんづまり、コンクリート塀のまぎわに、以前に研究棟として使っていた小ぶりな建物がある。4年ほど前にもっと大きな研究開発棟ができるまで、目黒はここに通っていた。

目指す建物の前には、営業部の上野のごつい顔と、なんといったか、最近入社した若い女性の顔が並んでいた。

おはようとか嫁さんはまだかとかオレにはもう無理などと言い合ううちに、ふと頭上から物音がした。見上げると、背にしていた建物の非常階段に人影がある。越谷(こしがや)だ。業務部長から、こんど監査部の部長になる。

「みんな揃ったな。ここがきみたちの新しい職場だ」
「部長、なんでそんなとこにいるんすか!」と上野が声をあげる。
「すこし早く着いたんでな。景色を眺めていたのだよ」
「なんか変なの…」と上野。

越谷は重々しい態度で非常階段の二階部分から降りてくると、電子番号錠を操作してドアを開ける。

カチリ。

静まった周囲に響く開錠音が、目黒たちの新しい旅の始まりだった。

◇監査部

建物入り口ドアのすぐ左わきにある小ぶりな部屋が、彼らに与えられたものだ。壁には40インチのモニターテレビがある。コピーの複合機とホワイトボード。

東と北に向かって大きな窓があり、部屋の半分が窓でできているような造りだ。そのふたつの窓が直角に隣りあっているので、船のへさきから海原を見ているような感じもする。

熊笹の茂みと水色の空が見通せる。塀の下には、手入れもしていないようなのに薄紫のキキョウや白いスイートピーも群生している。1階の残りの部屋と2階すべては倉庫として使っており、ひと気がなくて静まりかえっている。

あたりを見渡すと、すこし威儀を正して越谷部長が切り出した。
「監査部が発足しました。幸い、こんなに落ち着いた環境で仕事ができます。季節も新緑。みんな気合いを入れてがんばってください」
15度ほど頭を持ち上げ、大講堂でおおぜいの部員を前にして挨拶しているような態度だ。目の前には3人しかいないのだが。

◇監査とそろばん

「でまあ、さっそくだが仕事の話をしようか」
急にフランクな態度になって、あたりの空気がゆるんだ。部長に続いて3人もめいめいのデスクを前にして席につく。

「概要は聞いていると思うが」
「聞いていません」
「そうか。…内部監査って、知っているか」
「知りません」
軽くため息をつくと、部長は3人を順に見渡して
(私たち、そういうことはまったくなにも知りません)
と顔に書いてあるのを確認した。

「わたし、そろばん苦手です」
沈黙していた紅一点が初めて口を開いた。玉川あけみ、というんだったな。声を聞くと同時に目黒は思い出した。

越谷部長は、大きめに息を吸い込んだ。
「内部監査はね、数字を扱うだけではない。そろばん勘定も確認するが、それは会計士の先生も見ている。ほかに見るところがたくさんあるんだ」

視線が右上から左上に泳いで、口の端がかすかにひきつっている。昨夜あたり、にわか勉強で仕込んだ知識かもしれない。目黒は陰で人のことをあれこれ言うのは好きではないのだが、いつか「越谷部長ってよく勉強する人だけど、いまひとつ仕事に結びついていないのよねえ」とだれかが言っていたのを思い出した。

「きみたちにはその内部監査をやってもらう。専任でこれをやるのは当社として初めてだ」

◇どんな手段で売り上げたのか

「その内部監査ってすみません、まだわからないんですが。数字だけじゃないかも、ってことしか」と口数が多い上野。

「そうだったな。内部監査について説明しよう。これは、なんていうか会社の仕事がうまくまわっているかどうか、それを確かめる仕事だ」

「うまくまわっている? 売り上げとか利益ですか」
「それはみんな見ている。社長だって専務だって、株主さんだって売り上げや利益は大好きだ。みんながうるさくいうから、そのへんの監視は足りている。だがな、その売り上げをあげるのに、どんな手段を使ったか、それを見ている人は少ない」

「営業なら、営業の部長とか」
「そう。営業の部長は、営業を管理した本人、つまり当事者だ。当事者だけが知っていて、外にいる者は知らない。社長だって知らない。それが《どんな手段で売り上げをあげたか》、つまり業務の実態ってやつだ」

目黒も、わからないことがわいてきて口を開いた。「こんなふうに営業してます、ってときどき会議で報告していますよね。それ以上細かいことは、部長に任せているわけでしょ。営業部長だけが知っていればいいんじゃないですか」

「ふふん。いい質問だね」
越谷は、前足でネズミのしっぽをつかまえた猫のような顔をして、舌なめずりした。

ホワイトボードのまとめ。業務実態は営業部だけ知っていればいいのか?

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(あもうりんぺい)