あけみくんの宝箱09-内部統制に明るく向き合う

技術部のマネジメントに問題があることは明らかになってきた。監査部の4人は、内部監査の組み立てを急ぐ。

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■09-内部統制に明るく向き合う

川口の目が真剣さを増す。「これは内部監査で取り上げていただけるような話じゃないでしょうか。大久保さんの件も、高円寺さんの件も」

「そうだな」と越谷がまた腕組みする。「いますぐにはまだ、あれだが、そのうちに検討してだな、いろいろ都合もあるし…」

「急いだほうがいいと思いますが」と目黒。「社長が知らない話なら、すぐにでも報告したいですね」

「ああ。ただ、『現場からこういう話が聞こえました』だけでは説得力がないわなあ」

「それでは、資料集めから入ったらどうでしょう。打ち合わせの議事録とか」

「わかったよ目黒くん。それでは川口くん、船橋さん、なにか証拠になる資料を集めてください。打ち合わせの議事メモや、企画書、企画の検証資料といったやつを」
やっかいなことがすこし先送りになったせいか、越谷はなにかほっとしたような口調だ。

◆チャンス

「でも大久保さんと高円寺さんは、言っていることが正反対な気がするぞ」と上野が無精ひげをなでる。
「片方はイケイケどんどんで、安全なんかいいからさっさと作って売れ、だ。もう一方は難癖つけて作らせないようにする。二人は衝突したりしないのかね」

「けっこう仲よしで、よく一緒にゴルフに行ったりしています」

「わからんもんだな。なにが気に入って仲よしなんだか」

目黒が技術部からすこし目を離したすきにそんな変化が起きているとは知らなかった。現場の人たちはどんなに苦労しているんだろう。

すこし考えこんでいると、上野が「大丈夫なのか、この会社」とつぶやく。越谷は気が抜けた表情で天井を見ている。いままで窮状を訴えていた技術部の川口と船橋も、暗い表情で押し黙っている。

「チャンスですね」

玉川あけみの声だ。
「改善しないといけない点を、お二人が教えてくれました。しかもまだ兆候のうちから。
悪い部長の話で出ていましたね、《誠実な営業》や《顧客満足》。内部監査の定義にあった《経営目標の達成》。みんなまとめて貢献するチャンスです。わくわくしてきました」

底抜けに明るい玉川の表情を、監査部のメンバーはあらためて見なおす。

「あ、あけみちゃん」
「あけみくん」
「玉川さん…」

◆内部統制

夕空の色が夏のきざしを帯びて、空気がふんわり暖かくなった。技術部の川口と船橋は職場に引き上げていく。

玉川あけみの前向きな発言を聞いて、腰が重い越谷も負けていられないと思ったのか、すこし声を張って宣言する。
「わかった。船橋さんたちの調査と並行して、監査の段取りを一気にまとめあげよう。その結果によっては、第一回の監査対象は技術部のマネジメントだ」

ぼや騒ぎから半日、仕事がなにも進んでいなかった。

「今日はまだ時間があるから、監査の整理の続きだ」
越谷がメンバーをひとりひとり見渡すと、目黒の手が挙がった。

「では、ひとつ詰めておきたい話があります。いままで手をつけてこなかった《内部統制》というテーマです。どの書籍にも《COSOキューブ》やその日本版が出ていたと思います」

一同、うなずく。キューブの図には見覚えがある。

「さっき玉川さんが言っていましたね。《内部監査の目的と実践が結び付かない》と。これが、つなげるヒントになるかもしれません」

◆ふたたび内部監査とは?

壁のモニタに文字が浮かぶ。
「書籍によっては《内部監査は、内部統制の状況を確認し、向上させるもの》という定義があるぐらいですから」

「また内部監査の定義が出てきた」
上野は、しぶいお茶をすすったときのような顔。「こんなんで話が進むのかよ」

それをきっかけに、めいめいが、いままで出てきた定義を口にする。

「最初に越谷さんから聞いたときは《会社がうまくまわっているかを確認することだ》」
「内部監査協会の話のときは《経営目標の効果的な達成に役立つために保証や助言をする》」
「書籍によっては《リスクを発見して低減する》」
「そしていま《内部統制の状況を確認する》。なんでもありみたいですね」

玉川あけみはさっきから、わくわく顔のままだ。こういう混沌とした状況が好きらしい。目黒はふと心の中で自答していた。(ぼくも混沌が好きだ。そこから課題のタネを引き出して、技術で解決する。その混沌のつらさが好きだ)

◆意外にわかっていない内部統制

「だったらその内部統制って、なんなのよ」と上野。

基礎的な用語の話になると、みんなの視線が自然に部長の越谷のほうを向く。

「内部統制か、なんなのだろうね」

「え、越谷さん、知らないんすか」

「総務や法務の連中の口からもよく出てくるし、わたしも会話で使っている。でも正確になにかと聞かれたら、うまく答えられない」
今日の越谷はわりと謙虚なようだ。ホセ・ムヒカさんの記事でも見たのかもしれない。目黒はパワーポイントのページをめくった。

◆内部統制は業務の適正を図ること

「こんな定義があるようです。《内部統制とは、業務の適正を図る行為のこと》。そして《業務の適正とは、違法行為や不正、ミスやエラーなどがおこなわれることなく、組織が健全かつ有効・効率的に運営されるよう各業務で所定の基準や手続きを定め、それに基づいて管理・監視・保証をおこなうこと》」

「その《業務の適正とは》ってのが、長くてよくわかんないんだけど」

「上野がそう言うと思って、こんなふうに言い換えてみました」

・内部統制とは、業務の適正を図るために各業務で所定の基準や手続きを定め、それに基づいて管理・監視・保証をおこなうこと。
⇒内部統制とは、業務の適正を図ること。

・業務の適正とは、違法行為や不正、ミスやエラーなどがおこなわれることなく、組織が健全かつ有効・効率的に運用されること。
⇒業務の適正とは、健全かつ有効・効率的な運用のこと。

こんどはみんなの視線が上野の顔を向く。
「すこし、…わかりやすい」

◆そして「健全」が登場

目黒が続ける。「《業務の適正》は、悪い部長の話でも出てきました。そこで、ちょっとひっかかったのが《健全》です。どんな意味なんでしょう」

「よくわからないけど、このあいだの悪い部長のやりかたは、健全ではなかったんだろうな」上野はそれなりにカンがいいのか、世間の定義と社長の訓話を重ねて、折り合う点を探しているらしい。
「最初は儲かったが、会社の信用をどんどんなくしていって、客離れ加速。これってとても健全でない感じがする」

上野は越谷部長に、あわれむような視線を注いでいる。上野がイメージする悪い部長の姿。その首の上に、越谷の顔がくっついているのは、もう変えようのないことのようだ。

「短期はいいけど中長期でダメになる。これが健全でないってことだな。納得したぞ。上野くんもたまにいいことをいう。さっきの目線は気に入らないが」と越谷。

目黒は画面に書き加える。「健全=中長期指向」

「すこし待ってください。なにかが足りない気がします」
玉川あけみだ。

(天生臨平)

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