マンションと日本が傾く(1)

◇赤字よ赤字! こないだの学園祭の模擬店!

◆え、どうして!?

◇ちゃんと利益が出ていると思って集計したら、みごとに真っ赤だったのよ。
食材の仕入れはどうしたの?予算とずいぶん違うけど。

★おれ北部市場に行くのが面倒なんで、つい近くのスーパーで。…でもすこし高いだけだから、いいかなと。

◇客数も伸びていなかったわね。

▲ちょっとポスター貼り忘れて…。すこしだからいいかなと。

◇それ以上に、売上壊滅だったわ。

◆知り合いがいたんで、内緒で値引きしたんだけど。おれけっこう知り合い多くて。…でも金額すこしだからいいかなと。

◇どうすんのよもう! これじゃユニフォームもボールも買えなくなっちゃうじゃないの。だれが責任とるのよ!

◆▲★やっぱりマネージャかな。

◇なにいってんの!!

これはフィクションである。しかし実社会でも同じようなことが起こっている懸念がある。それは旭化成建材による杭打ちデータ偽装−手抜き工事−事件だ。

一部の杭が地盤の支持層まで届いていない。それがわかっているのに放置する。この種の手抜きは、旭化成建材だけでなく業界全体の慣習。そんな発言が関係者から出始めている。

「この程度なら大丈夫。経験的になんとかなる」という認識が悪慣習を生んでいるようだ。しかし地盤調査から設計、施工に至るそれぞれの担当が、いっせいに「すこしだから大丈夫」という態度をとり始めたら、どうだろう。

■悪条件に立ち向かう、マージンというもの

設計の強度計算では、想定されるあらゆる状況を考慮して数値を決めていく。使用材料の強度のばらつき、施工の品質のばらつき、強い地震など。常に安全サイドに立った計算する。

そうして数値を決め終わったら、最終的に余裕を見込んで「安全係数」をかける。この部材の強度は100でいいと計算で出た。そこでさらなる想定外事態への対応のため、安全係数1.2をかけて最終仕様を120にしておこう、といった具合いだ。

さきほど算出した100という数値自体が安全サイドのものであり、現実の負荷は70程度かもしれない。この70と、仕様値120との差を、余裕度、「マージン」と呼ぶ。

マージンが確保されていれば、多少の悪条件でも、めったな事故は起きないはずだ。だが基礎を形作る杭打ちが「設計では余裕をもっているはずだから大丈夫」と思う。その上に立つ建築担当が「杭の強度は余裕があるはずだから大丈夫」と思う。このようにみんなで頼りあっていたら…。
冒頭の学園祭の話のように、つぎつぎとマージンを食いつぶして大赤字。いや商業なら帳簿の赤で済んだものを、施工の現場ではマージンの赤すなわち大事故だ。

■設計が精密になっているだけに

横浜市都筑区のマンション傾き事故の原因が、杭打ち以外のほかの部分の手抜きにもあると言っているわけではない。そんな証言も証拠もない。ただここで大切なのが、厳しいコスト削減要求に対応して、設計自体がスリムになってきていることだ。

基準になる数値や設計式を精密化して「無駄な」コストを省こうとする。現実に要求される強度に対して、「過不足のない」余裕度を持つような設計になっている。いきおい、以前よりも、強度に関する総合的なマージンは減ることになる。施工現場の経験則がこれに追いつかず、「この程度なら手抜きしても大丈夫」で通してきた結果がこれだ、と想像できる。

■マージンを食いつぶすとき

こういった現象が旭化成建材だけのものなのか、杭打ち業界のものか。土木建築全体に根を張っているのか。それとも日本国あたりを視野に入れなければならないのか。

産業的に成熟した国家は、伝統の蓄積(過去資産)を強みとするようになる。技術やマネジメントノウハウ。それに現場の創意工夫や職場規律といった組織風土の面まで含めての話だ。

それが揺らいでいる。日本があれほど得意にしていた現場改善運動でも、《「今や中国、タイ以下」とも、日本の現場は強くない(日経ビジネス)》といった報告もある。(相手方の国にはずいぶん失礼な言い方だが。)

高度成長から安定成長に至る50〜80年代を支えた人々が、ほぼ代替わりした。技術も産業形態も世代を塗り替えている。この中で、わが国企業の収益力、国際競争力、生産性は悪化の一途をたどってきた。

たとえば現状で70の力しかないとしよう。過去の蓄積があれば、それをマージンとして120の強さを持つことができ、すこしぐらいの悪条件にも立ち向かえる。実力が60、50と下がっていき、それを補うマージンとしての過去の蓄積も底をついてくると、いよいよ悲劇が待っている。

過去の蓄積は、いつも作り続けなければならないものだ。そこへ組織が保守化して新しいものを産み出さなくなる。蓄積分が陳腐化して使えなくなる速度より、産み出す速度が下回ると、収支マイナスになった資産は急速にやせ細っていく。

過去資産というマージンを食いつぶした国家は、地盤の流動に足を取られて傾くだけだ。欠陥杭打ち問題は、組織に「産み出す力」が復活しない限り、続発するだろう。

(天生 臨平)