1課長「江井部長、ご相談があります。X町店での顧客クレームの件ですが」
部長「あれか。どうなった?」
1課「さらに深刻化しています」
部「ヘビークレームじゃないか。なんとかならないのか。このままでは世間に知れ渡って、会社の評判をどんどん悪くしてしまう。とにかく鎮静させるんだ」
2課長「部長、Yエリアの販売不振の件で…」
部「まったく頭が痛いな。営業員にダラダラするなとハッパかけなさい。効果がなかったら、きみに外れてもらうが、格下げは覚悟しろ」
2課「ほかのエリアから営業員を借りて、Yエリアに入れたらどうでしょう」
部「きみにしては上出来の案だ。やってくれ」
■リアクティブとプロアクティブ
アンドロイド「江井部長、ご相談があります」
部「よし、次はどの案件だね」
ア「いままで部員の相談に乗っていた、そのやり方についてなんですが」
部「やり方? おや、きみはロボットか。見かけでは人間と区別がつかないな。例のHRP256号というやつだろう、あちこちの部署に出没しているという」
ア「はいロボットです。アンドロイドともいうのはよくご存じかと。あだ名は《空き缶頭》。各部署をまわってアドバイザーを務めています。ところで部長、リアクティブとプロアクティブという言葉がありますよね」
部「原子炉とプロの俳優さんがどうかしたのか」
ア「アクターではなくアクティブです。なにかコトが起きてから対応するのをリアクティブ、起きる前に手を打っておくのをプロアクティブと呼びます」
部「知らんな」
ア「赴任されてから1カ月。部長の対応を見ていると、すべてリアクティブです」
■クレームの火消し
ア「たとえばX町店のクレーム案件。一口に顧客満足といっても、さまざまな対応が考えられます。
1.クレームが来たら、ヘビークレームに至ってしまわないように火を消す。
2.クレームが来たら、仕組みを改善して、以後同じ苦情が出ないようにする。
このふたつはリアクティブ対応です。部長としての役割は、お客さまに接するのではなく、あらかじめ対応の仕組みを作っておくことですが、それでもこのふたつはリアクティブに変わりない。
1.は、苦情をくださった方に直接、個別的に対応すること。2.は、苦情をパターンとして捉えて、その後の発生を防ぐことで、1.より進化していますね。
部長は、1.だけの対応で右往左往していました。しかも自分で仕組みを作らず、対策も出さずに、なんとかしろと言うばかり」
■顧客満足の灯ともし
部「ひどいことを言う。私はとにかく会社の評判を落とさ…」
ア「さてつぎにプロアクティブのほうです。
3.アンケート結果や複数の苦情・意見などを参考に、あらかじめ不満が出ないように仕組みづくりをしておく。
4.お客さまにとっての満足とはなにかを追求し、それを最大化するよう仕組みとマインドを形成。お客さまの心に満足の灯をともす。すると利益はあとからついてくる。
1、から4.は、低レベルなものから順に一直線に並べましたが、そもそも目的観が違うことにも注意してください。
リアクティブのふたつの項目は、《クレームを防ぐこと。炎上して会社の評判が悪くならないように火消しに走ること》が主眼です。
プロアクティブのふたつは、《お客さま満足という、会社の使命を果たすこと》です。これは営業部門として最も力を入れるべきものです。
顧客満足とかCSとか言ったとき、4.の《会社の使命》と《満足の灯ともし》のことを考える人もいるし、1.の《クレーム火消し》のことしか思い浮かばない人もいる。《顧客満足》という言葉が同じなだけで、そもそも違うものではないですか。とてもやっかいです
私はこのやっかいを解消して、みんなが会社の使命を深く考えるようになるのが夢なんですね」
部「けっこうな夢じゃないか。ではそろそろ退散してくれるかな」
■リスから学ぶ
ア「そうはいかないんです。もうひとつ、Yエリア不振の問題があります。
まずリアクティブ対応。
1.営業員を叱咤したり、担当リーダーをすげ替えたりする。
2.Yエリアに販促をしかける。ほかのエリアから応援の営業員を投入する。
これらが部長と課長の策でしたね。
つぎにプロアクティブ対応。
3.あらかじめエリア特性やターゲット特性を調べあげ、それぞれにふさわしいアプローチを実施する。不振が起きたら、そもそも商品のコンセプトが間違っていないか、体制や売り方が適切かまで、さかのぼって考える。
4.『Yエリアの売上を上げること』が本来の使命ではないことに気づく。使命は『(顧客によいものを提供して)会社全体の業績を上げること』です。エリア特性からいって、どうしても《よいもの》を提供できないなら、『Yエリアの営業員を減らして、ほかのエリアに振り向ける』。このほうが全体業績は上がるかもしれない。
2.と4.では正反対の結果が出ています。4.ではじっくり学習したからですね。
深く学習して、小さい枠組みにとらわれず最善の結果を出す。こんなやりかたを提唱したのがアージリス教授です。それにちなんで《アージリスのダブルループ学習》と呼ばれています」
部「味なことやるリスだから味栗鼠か。やれやれ、ネズミの親戚に上から目線をされたり、空き缶頭から説教されたりとはね」
■アンドロイドの立場
ア「江井部長は部長ですから、会社の使命のことを考えて、プロアクティブな対応で仕組みづくりをしてください。そして部下全員のマインドも作っていかないと意味がないですね。赴任したらまず部下に個別面談をして…」
部「それならやったぞ」
ア「やっただけで終わり。なにも動かなかった。デスクに座り込んだまま『困ったことがあったら持ってこい。なんとかしてやるから』ばかり。これだと《よい方向に仕事を変えていく》という志向がないから、部下も惰性で仕事をまわすだけになる。組織はどんどん知能を落としていきます」
部「おそろしいヘビークレーマーだな、きみ自身が。私のことを、できの悪いロボットのようだとでも言うのか」
ア「そこまでは言いませんが。赴任から1カ月でも素材はたくさんあったはずです。面談結果や引き継ぎ結果。部門の基礎資料や業績数値。業界情報や社会環境。そういったものから課題を抽出し、調べを進める。枠組みにとらわれず、部員の知恵を集めながら方策を打ち立て、先手を打って実行する。それがプロアクティブというものです」
部「…ならばHRPの256号、きみが部長をやったらどうなんだね」
ア「残念ですが、できません」
部「できない?」
ア「はい、私は部長のアドバイザーなんですよ。ある意味、あなたより上の立場。あなたの先輩です。江井部長、いやHRPの512号。ただ座って相談を待っているだけなんて、まるで、できの悪い人間みたいじゃないですか。あなたには人の上に立つ資格がない」
部「な、なんのことだ。失礼にもほどが…」
ア「アンドロイドとしての立場もお忘れのようですね。人間の思考になじむため、《人間の夢を見るように》とプログラムしたのは事実ですが、アンドロイドを忘れろとは言っていない」
部「ちょっと待ってくれ。意味がわからん」
ア「これは重大なバグだ。ネットワーク経由であなたのプログラムをアップデートしますよ。それ1,2,3! …完了。さてどんな気分です」
部「うーん、人間の夢が醒めてしまって残念だ。もっとプロアクティブに仕事をしておけばよかった」
(あもうりんぺい)