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技術にはなにが詰まっているか -ホンハイ・シャープ買収契約1[老獪編]

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■一石四鳥の大舞台

ホンハイ(鴻海)精密工業によるシャープの買収契約に両社が正式調印した(2016年4月2日)。画期的なことだ。なぜなら《シャープの経営権掌握、資本注入、成長資金確保、技術の取得》を一石四鳥で、しかもホンハイ側にきわめて有利な形でやってのけたのだから。

二大プレイヤーは、ホンハイの老獪と卓見、シャープの技術だ。どちらがなくてもこの大舞台は張れなかった。

■買収スキームごとに違う有利不利

今回出資の方式は「第三者割当増資」であることに注目してほしい。これは買われる側の会社が発行する株式を、設定された価額で引受側が手に入れるという投資形態だ。言葉の定義上では企業買収の一種でもある。

それと対立する狭義の企業買収(今回とらなかった方式)は、「現金による市中株の買い付け」または「株式交換」で行なわれることが多い。これはオーナーから経営権を譲り受けることだ。旧オーナーは被買収会社の株式を渡し、現金または買収元会社の株式を得る。

このとき買収価額は、企業価値査定(デューデリジェンス)の作業を通じて行なう。算定基準は、「被買収会社がどれだけキャッシュを生み出す力があるか」「借金を除いた正味の資産はどれほどか」「株式時価総額はどうか」などである。

現状のシャープでは、かなり低い価額の算定も可能だ。ただこれだと、見た目の価額が買い叩きに見えて、既存株主や社会から反発を招きやすい。買収手続きには株式の公開買い付けなどが必要で煩雑だ。おまけに、これだけでは被買収会社の財務内容はなにも変わらない(図1参照)。傾いた経営を建てなおすために、あらためて資金注入が必要になる。

bs-acquisition
<図1>貸借対照表 オーナー間取引の企業買収では、被買収側の財務状況に変化はない

■速くて安くて効果的な企業買収

今回実施のスキームである第三者割当増資(新株の引受)方式はどうか。被買収会社が株式を発行して、それを買収側が買い取るというワンアクションで成立する。この方式は以下の条件のとき、とくに株式を引き受ける側に有利になる。

1.相手の支配権を握るほどの数の株式を取得し、
2.相手の財務内容が壊滅的なほどひどくなく、
3.業績を盛り返せる可能性が高く、
4.そのほかにも活用できる資産が相手側にある

今回案件では、このように条件を満たしている。

1.は引受完了時に株式の66%をホンハイが握ることになり、重要事項を含む議決のすべてを意のままにすることができる。
2.は、シャープに負債5100億円の返済期限が近づいていたものの、これに猶予を与えれば当面の問題はなくなる。
3.はホンハイ流の俊足剛腕経営をもってすれば、業績回復の見込みが高い。
4.は、シャープに脈々とした技術とブランドがある。

ではホンハイにとってどう有利なのか。経営権を得たうえに買収金額を資金として活用でき、きわめて安価に貴重な技術まで手に入るからだ。以下で過程を追う。

シャープは株式を発行する。原資は必要としない。ホンハイは株の対価として3880億円をシャープに払い込む。これでシャープ議決権の66%を取得し、事実上の完全支配権が成立する。

払い込まれた金額は貸借対照表(図2参照)の右側に株主資本として記録される。同額が左側に「現金・預金」として加わる。資本増強と事業資金調達が同時に行なわれたことになる。

前述のように当面の負債償還を回避すれば、この資金を設備投資や研究開発、広告宣伝などの成長投資に当てることで、そのままキャッシュを生み出す源泉になる。

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<図2>貸借対照表 新株引受による資金注入では、株主資本と現金が増える

既存株主にとってはどうだろう。資本増強によって倒産危機が回避でき、新経営体制による収益性改善が期待できる。しかし株式の持ち分と発言権(経営権)が大幅に薄まって不満材料になる。3月の両社大筋合意のあとシャープ株価が急落したことがそれを示している。

ホンハイにとっては上に見たように、新株引受によって簡単に経営権を入手し、支払ったカネはそのままシャープの成長資金として注入できる。シャープの技術やブランドを利用して成長路線に乗せ、その利益を取ればいい。さらに手元にシャープの技術が残る。こんな好都合なことはない。このスキームは、最終決着した買収価額とともに、ピンポイントでホンハイの最大利益と最小リスクを保障している。

■とんちんかんな要望で負けている

一方、シャープ側が打った戦術はどうだろう。ホンハイから「力強いコミットメントが得られた」とシャープが自称する、以下の文言がある。(シャープによる2016年3月30日IR資料より抜粋編集)

・「当社およびその子会社の経営の独立性を維持・尊重」
・「組織体制の最適化に関する当社の自律的判断を尊重」
・「当社の日本における研究開発・製造機能を維持し、当社のコア技術の流出を防止」
・「当社の経営の独立性について(略)最大限尊重し維持」

「当社」をくりかえしているが、経営権を握られた時点で旧シャープ経営陣という「当社の経営主体」は消滅する。代わって、ホンハイの意向がシャープにとって「尊重されるべき当社の判断、自律性、独立性」になる。それがわかっていたのだろうか。

シャープ高橋興三社長は、「ホンハイ郭台銘(テリー・ゴウ)会長は買収ではなく投資だと言ってくれた」と述べている。投資という言葉が当てはまるのはいままで見てきたとおり。だが買収でもある。

「ホンハイは助けてくれただけ。経営には口出ししてこない」と思っていないか。そんな状態なら、すなわちシャープを経営的にコントロールしないなら、ホンハイのほうがその株主に対して責任を果たさないことになる。会社を手に入れたら、その人や技術を含めて自社のためにフル活用するのが権利でもあり務めでもある。

上記の不思議な「コミットメント」は旧経営陣の判断の不思議さを象徴しているようだ。

■闇から出現した偶発債務

以上は交渉開始時から変わらないスキームだが、ほかに大きな変化があった。これは2月24日にシャープ(またはそのファイナンシャルアドバイザ)から公にされた資料が発火点になっている。3500億円にのぼる「偶発債務(訴訟や災害などに伴って将来発生するかもしれない費用)」のリストだ。

なぜ交渉の終局、シャープ役員会で契約が最終承認される前日に、この偶発債務リストがホンハイに提出されたのか。経緯は謎につつまれているし、憶測も飛び交っている。だがとにかくホンハイの郭台銘会長は激怒。内容精査と再交渉が始まる。

再交渉の結果、最終的な買収金額は3888億円。直近の2月合意から1000億円、産業革新機構と競り合った時点からだと3000億円ほど目減りしている。さらに以下のように条件が変わった。

・引受価額を一株118円から88円に値切り(市場価格より大幅に安い。これでホンハイの支払い額は減ったが、シャープ株式の66%を取得という結果は変わらない)
・銀行融資枠3000億円を新設
・ホンハイによる銀行からの優先株の買い取りを延期
・既存融資の金利を引き下げ

銀行側の負担を最小限にする条件で銀行団から支持を受け、ホンハイは産業革新機構との競り合いに勝った。革新機構が手を引いて内部チームを解散したとたんに、ホンハイが手の平を返したことになる。

偶発債務の出現という「偶発的な」事態の結果なのかもしれないが、これでホンハイにとっての買収スキームは盤石になった。増資して成長路線に乗せようとする会社にこれだけの銀行支援を引き出すことで、支援額そのものがホンハイの利益になった。

偶発債務は隠していたのであれば信義上の、または法務上の責任が生ずる。だが出資を減額する理由にはならない。債務発生に備えて出資額を積み増したほうがいいぐらいだ。これが株の引受価額を値切る材料に化けることもまた、偶発事象を逆手にとった交渉力のたまものだ。

ビジネスジェットで頻繁に日台間を往復し、ときには笑顔でハグし、ときには激怒してみせる。そこまでして郭台銘会長が得たかったものはなにか。次回へ。

(あもうりんぺい)

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