コンプラ不況(2)―背中を蹴る―

◆営業がアクセルなら、内部監査はブレーキなんだよね。
◇さあ、営業の背中を蹴り上げることもあるんですが。

■制止や禁止ではない

事業(営業や生産活動)と内部監査の関係をアクセルとブレーキに例えることがよくあるが、あまりいい表現ではない。内部統制は本来、ブレーキではなく事業の背中を押すものだ。

前回で言った「重箱の隅監査」や「なんでもリスク監査」をやるのは簡単だが無意味だ。「ここからは、やってはいけない。ここまでは、やっていい」と線引きすることで、事業が安心して走れる。さらに「これはやるべき」も加わって初めて、監査の意味がある。

■たまにはかけるブレーキ

内部統制が事業に対して要求するのは《組織の成長》と《社会の厚生》の両方だ。このうち社会の厚生とは、広い意味で《社会全体が得すること、損しないこと》だ。営業や生産活動が、社会の厚生にはっきり反するようになったときに、初めて内部監査側がストップをかける必要が出る。

決められた手順をすこし外したり、なにかの記載に漏れがあったりする程度であれば、社会の厚生を害するとは言えない。ただしそれがたび重なって、規律のゆるみなど、より深い原因から発していることがわかった場合はまた別だ。これはしっかり指摘して対応しなければならない。

《組織の成長》と《社会の厚生》についての構造と具体策は、別項で早く解き明かさなければいけない。ここでは体系的な議論に先立って、両者にかかわる大きなリスクを検討する。

■不作為という最大リスク

内部監査が事業部門の背中を押すというのでも、じつは生ぬるい。お尻をたたくといったほうがいいかもしれない。

事業のリスクのうち最大のものは《不作為リスク》だ。不作為とは、「しなければいけないことを、しないこと」。すなわち不作為リスクとは「するべきなのに、なんらかの理由でしていないことによるリスク」だ。

「しなければいけないこと」の内訳はふたつある。
・安全対策や法令準拠など、いわゆる「リスク低減」の行動。
・積極営業や事業展開など、組織を成長させる活動。

前者ばかりではないことに注意しておこう。

「なんらかの理由でしていない」の、その理由とは。
・気づいているのに、怠け心のせいで手がつかない。
・保身の気持ちが働いて、失敗すると責任を問われるような行動がとれない。
・思慮が浅いために気づいてさえいない。

これらと、前記の「しなければならないこと」、とくに「積極営業や事業展開〜」を組み合わせると、重篤な《不作為リスク》の形態が浮かび上がってくるだろう。内部監査はこれらを予兆から感知し指摘する使命を帯びている。

■不祥事の裏の不作為

なぜ不作為リスクが最大リスクなのか。作為的な粉飾決算、品質偽装などの企業不祥事が相次いでいる。そっちのほうが重要ではないのか。

重要ではあるが、そうした不祥事も根っこは不作為から来ていることが多い。業績が落ちているのに正当な挽回策をとらず、適時な会計への反映を渋った。地道な品質改良の努力を怠った。当事者のまわりにいる者も、見てみぬふりをした。それらはすべて、するべきことをしていないという不作為行動だ。

ある種の不作為は、短期的業績や部門業績にこだわる立場からは指摘しにくい。いや率先して不作為行動をとることがある。

経営者や管理職とはすこし違う方向から背中を蹴ってくれる。そんな監査部門を持つ事業は幸せである。

(あもうりんぺい)

コンプラ不況(1)―断裂―

「やれ法令遵守だとか内部統制だとか、あんたらが騒ぐから仕事がやりにくくなるんだよ」
「規則キソク規則で、営業の足をひっぱることしか考えていないのかねえ。この不況はコンプライアンスに力を入れすぎたせいだね」

こういった声は、2007年施行の金融商品取引法で新たな内部統制の枠組みが示されたころから勃発した。いまはすこし沈静化しているが、なくなったわけではない。

冒頭のような不満は根拠があるのか。コンプラ不況は実際にあるのか。ここで筆者の見解を述べておこう。

「そのとおりである」

もし事業活動の足をひっぱるように見えていれば、そのコンプライアンスなり内部統制なりのほうが悪い。残念だが、実際に足をひっぱるような場面はよく目にする。

■「重箱の隅」型監査

「内部監査の結果を知らせます。書類の細目の、ほらここが抜けてますよ。それからこっちにハンコが押してない。気をつけてもらわないと」
「事故った? だから言わないこっちゃない。リスクだと指摘しておいたじゃないか。ほら見なさい。○○年○月の監査でさ」

内部監査の現場を見ると、細かなルール違反やちょっとした手落ちを指摘して鬼の首を取ったように騒いでいることがある。

細かなルール違反もケアしなければならないことがある(次回言及)が、それだけでは監査の目的を達したとは言えない。「それだけだ」と思っている監査人がいるのが問題だ。人には狩猟本能というものがあって、不備をみつけるのが達成感につながる?といった恐ろしい状況も考えられる。

■「なんでもリスク」型監査

一方で、リスクをやたらと並べたてる傾向もある。なるべく指摘を多くしておいて、なにかあったときに監査人の責任を回避するためだ。

リスクがあると言い放つのは簡単だ。だかこれには大きな弊害がある。あることないこと並べたリスクの中には、本来は放っておいていいものも多い。それにいちいち対応するのは現場のたいへんなコストになる。全国でそんなことが起こっていたら、まさにコンプラ不況だ。

被監査部門と監査部門の意識の断裂。監査部門の行動と本来の監査目的の断裂。では、どうすればいいのか。
次回へ。

(あもうりんぺい)

なぜ可視化するのか -業務レビューと記録-

◆それでは、内部監査の結果をお伝えします。業務経緯の可視化と記録に不足感があり、…
▲ちょっと待ったぁ! あんたら、口を開けば可視化、可視化っていうけど、現場の負担を考えているのか? こっちは営業で身体張ってるんだ。いちいち記録してるヒマなんてないっ!

組織によっては、もうすこし言い回しが上品だったり、陰にこもったりする場合もあるが、よく目にする光景ではある。被監査側と監査側とではこの認識に開きがあることが多い。その原因はおおむね「どうしてそうするのか、わかっていない」ということである。恐ろしいことに、監査側でも、なにも考えずに「可視化が必要」という題目だけで走っていることがある。

内部監査で取り扱う可視化には対象が二通りあり、それは「業務プロセスの定義」と「業務経緯の記録」である。今回は後者について考えよう。仕事の過程の随所(開始、中途、終息時点)で、あとあと役立てるために5W1Hを記録すること、という意味だ。

業務記録の可視化を考えるときは、目的を列挙してから優先順をつけてみることだ。記録の多角的な利用や、記録するかしないかの判断に役立つ。まとめると、《業務記録のASKA》になる。

A.取引先等とのトラブル防止 prevention for Argument
S.施策の承継 policy Succession
K.知見の集積 Knowledge pooling
A.説明責任の充足 sufficiency of Accountability

■4つの目的観の内訳

A.取引先等とのトラブル防止 (Argument)
契約書や覚書も、可視化によるトラブル防止策である。だがそれだけでは足りない。契約よりも細かなレベルでの打ち合わせ結果や取り決めにおいて、「言った言わない」「こんなはずじゃなかった」などのトラブルを生まないために記録を残す。

相手のハンコをもらうようなことをしなくてもいい。「何月何日、どこでどんなことがあった」といった日報的な内容でも、客観的な記録というだけで信憑性につながって、ある程度は有効だ。この目的は営業やシステム開発の現場では比較的認識されていて、実践しているところも多いようである。

S.施策の承継 (Succession)
耳慣れない言葉だろう。ここでは施策(大小の意思決定結果)の長所やねらいを明らかにしておくこと。たとえば「顧客提案はドラフトと詳細案の2段階提出を原則とする。なぜなら顧客心理分析と営業実績の両面から有効な策とわかったから」の、《なぜなら》以降を記録・共有すること。

以下の効果がある。

・施策の安易な改悪を阻む
「決めたこと」や「慣行」に実は合理的な意味があるということを忘れてしまうと、安易にそれを捨て、改悪してしまうことになる。それを防ぐ。

・大胆な変革に打って出ることができる
決めごとや慣行の意味が記録されていると、それを捨てる決断ができる。それを超える、もっといい施策を思いついたとき、ためらわず実行できる。

・施策の独り歩きを防ぐ
時と場合を考えず、無批判に慣行に従ってしまわないようにする。

K.知見の集積 (Knowledge)
仕事はスムーズに動いているように見えても、実は属人化していることがある。組織改編等で競争力が目減りしたり、急に手間が増えたりする。そのことを防ぐ。

組織は人だけでなく、知見の蓄積でも成り立っていて、そのどちらのレベルも意図的に上げていく必要がある。業務上で得た知見を丹念に拾って可視化する(形式知化する)ことが、強力な競争優位性につながる。

A.説明責任の充足 (Accountability)
ここでは日本語の《説明責任》を「使命を遂行する過程で、公正かつ合理的な判断のもとに行動したことを明示する責任」という意味で使っている。英語のaccountabilityは、ほぼ同義だ。

資源や権限を預託され、業務を遂行したからには、結果が成功であれ失敗であれ「ちゃんとやった」ということを主張できなければならない。部門としても担当者としても。

■ほんとうに記録しているヒマはないのか

管理部門にやれと言われたから。監査部門がしつこく突いてくるから。そんな程度の目的観では業務記録のモチベーションにつながるはずもない。

だが上に見た目的観を裏返し、危機感として認識したら話は別だ。
A.取引先とトラブっても手も足も出ない。
S.方針を変えるごとに愚策に傾いていく。
K.ノウハウがたまらない。
A.ちゃんとやっていても有無を言わせず結果責任を問われてしまう。
といった具合に。

問題はそのやり方だ。四角四面な書式を作らなくてもいいし、データベース構築なんてしなくてもいい。営業や製造の基幹的な文書(提案書や製造指示書、エラー報告など)を保管するとき、可視化記録の目的観を意識しておく。日常発生する報告メモ、指示メールなどもその視点から保存しておく。それだけでほぼ十分な5W1Hになる。

監査部門「業務経緯可視化の目的なんですけどね」
現業部門「ああ、これこれだよな」
監「記録、取ってますか」
現「取ってるよ」
一度でいいから、こういう会話をしてみたい。

(あもうりんぺい)